98*2つの森の報告
きっと魔素酔いで酷い顔をしていると思っていたジェマは、美味しそうにおにぎりを食べていた。
すっごく元気そうじゃん。
私より魔素に慣れるの早いんじゃないの。
「昨日の夜は本当大変だったんですよ、頭痛くて。でも朝起きたらもう治ってました。カノンさん待ってようと思ってたんですが、先に食べちゃってごめんなさい」
「いいのいいの。ちょっと遅くなってごめんね」
『カノン並みだねー魔素慣れの速さがえぐい』
ユイがジェマを見て呆れているようだ。
笑っていると、ジェマが「どうしましたか?」と聞いて来た。
「ユイがね、ジェマの魔素慣れの速さが私と似てるってさ」
「本当ですか? じゃあきっと魔法使えるようになりますね」
「そうだね。今度はもうちょっと魔素の濃いところに行ってみようか」
「カノンさんの方は大丈夫ですか? 大きい魔獣いませんでしたか?」
魔キリンがいたよ、と言おうとして、ジェマが聞いてるのはアールレイの森だったことに気が付いた。そうだった。
「全然魔獣いなかったよ、魔リスだけだった」
「良かったですね。襲われてたらどうしようと心配でした」
本当に心配そうな顔をしているジェマ。ありがとう大丈夫、魔リスごときに傷つけられる私ではないから。
「それでこれからどうしよう」
ちょっとは休みたいが、まだ10時だ。
早くアリッチェに戻ってのんびりしてもいいけど、折角町の外に出てきたのでもう少しプチ旅を満喫しても良い。
しかし、この辺りは森や海ばかりで観光名所も無いしなぁ。
サービスエリアも無いし、お饅頭やソフトクリームも売っていない。
「ジェマは何したい? 車でドライブするか、ボートでどこか行くか、村に行くか。魔獣がいなかったから森の散策でもいいけど、つまんないだろうな」
「村行ってみたいけど、カノンさん掴まっちゃってまた商人やらされそうですよね」
「ね、折角の休みなのに売り子するの嫌だよね」
「車はーまだちょっと苦手です」
「慣れて貰わないと困るんだけどね。これから乗るし」
「頑張ります!」
「大丈夫だよ。徐々にでいいよ」
いきなりあんな物に乗せられたら、誰だって慄くだろう。
「よーしじゃあ、ボートの訓練しようか。エンジーナ行くとき、私が疲れたらジェマに運転して貰うから訓練しよう」
「頑張ります!」
昨日停めた入り江まで車で移動して、波と戯れたり、ボートの練習をしたり、砂遊びしたり、楽しい休日を満喫した。
夏になったら、ジェマをバナナボートに乗せてボートで引っ張るのもいいな。ジェットスキーで走るのもいいね。
夕方にアリッチェに戻ったので、家にジェマを残して冒険者ギルドに行くことにした。
「依頼の報告に冒険者ギルドに行ってくるわ。ご飯までに帰って来ると思うけど、遅くなったら何か食べてて」
「大丈夫です、待ってます。お腹空いてないんで」
おにぎり沢山食べてたもんね。
レポートは既にユイが作成済だ。質の悪い紙を使って偽装されている。さすがユイ。
報告の前に、壁の求人票を眺める。
あ、やっぱりあった。
長年貼りっぱなしなのだろう。黄色くなった依頼票を持って、イレーネさんの受付に並ぶ。
報告に来た冒険者がいるが、今日は日曜なので人が少ない。日曜は冒険者も休みにしている人が多いようだ。イレーネさんの方は交代制なので、今日は出勤日だったらしい。
「カノン、もう報告に来たの」
「求人票って、事後に請けることも出来るの? 仕事するつもりじゃなかったのがたまたま仕事してしまったような場合」
「まあ、あんたの討伐依頼がいつも事後パターンじゃないの」
「じゃあ、これ」
さっき取った黄色い求人票だ。
「ん? 森の調査依頼? 今回の仕事内容と被ってる求人があったの? でもこっちはアバウトな書き方しかしてないわね。古い依頼だから貼りっぱなしだったのかな。あれ? 依頼料が随分高い」
私は求人票のある部分を指差した。
「エルゼダンテの森……はあ? アールレイの森だったわよね、カノンが請けたの」
「うん、アールレイ早く終わっちゃってねー、時間余ったもんだからついでに」
アールレイの森のレポートを出す。
それをパラパラ見ながら、イレーネさんがキッと私を睨む。
「時間余ったから、隣のエルゼダンテの森も行ったって言うの? 頭大丈夫?」
「心外なことを言うな。こっちの求人票は調査ポイントとか書いてないから、仕事内容はこなしてると思うんだけど。こっちがエルゼダンテのレポートね。報酬貰える?」
「……魔キリンって何よ。岩みたいな魔石? ちょっと待ってよ、ここじゃ聞けない」
イレーネさんは後ろにいるスタッフに声を掛ける。
「ギルド長今部屋にいる? あと受付誰か変わって。カノン早く行くわよ!」
イレーネさんは古株なのかスタッフの中で偉い方だ。
でも性格がアレなので、年下でも皆逆らえないだけかも知れない。
またギルド長室へ拉致されながら、私も逆らわないように努める。
「ギルド長、イレーネです、今宜しいですか?」
「どうぞ」と中から声がした。
ドアが開くと、私を認めてギルド長がため息を吐いた。
私が何をしたと?
イレーネさんに放り投げられないうちに、ソファに座る。勧められていない気もするが、身の安全が一番だ。
「今日は何をやらかしました?」
「やらかしてませんよ、失敬な。ギルド長のことを思って、魔熊狩りをしてきただけです」
「それは良い心掛けですね。イレーネ君、それに何が問題が?」
「アールレイの森の定期調査報告を請けて、行って貰いました。これが報告書です」
「ほう、よく出来ているレポートですね。地図までついていて実に素晴らしい。うちのスタッフもこのような仕事をしてくれると嬉しいですが」
イレーネさんがそっぽを向いて、聞こえていない顔をする。
「カノンさん、良いレポートです。これを見る限りアールレイの森の魔獣は心配なさそうですが、魔熊が出たんですか?」
「あ、いいえ、アールレイの森は問題ないです」
「魔熊はエルゼダンテの森ですよ。この子は時間が余ったからって、エルゼダンテの森にまで調査に行ったんです」
「何と!」
「それで事後に依頼を受けたことにしていいかって、求人票を持ってきたんですよ」
「さっき後から受注してもいいって言ったじゃん!」
「要件を満たしているかはこれから確認するわよ! 満たしていれば後からでも大丈夫よ! 問題はそのレポートよ。ギルド長、まだ数行しか読んでないんですが、とんでも無いことが書いてあります」
イレーネさんが報告書をギルド長に渡した。
書いたのはユイだが、変なことは書いてないと思ったけれど。不味かったのかな。
ギルド長は眉間に皴を寄せながら、レポートを無言で読んでいる。
イレーネさんは私のことを睨みつけたままだ。
「あのー、エルゼダンテの方は求人請けなかったでも構わないです。アールレイは仕事完了で大丈夫ですか?」
ギルド長は何も言わず読み続けていて、イレーネさんは何も言わず睨んだままだ。
何で二人とも無言なんだよっ。仕事完了にならないの? えー。
沈黙状態がしばらく続き、やっとギルド長が読み終わったらしい。
アールレイは2ページで終わったけど、エルゼダンテの方は魔獣が多かったから10ページあったからな。
ギルド長が顔を上げてため息を吐いて、報告書をイレーネさんに手渡した。
「暇だったからエルゼダンテの森に行った、と」
「アールレイが穏やかだったので、エルゼダンテの魔獣が村を襲わないか急に心配になりまして!」
「まあ、それはいいんだけど」
いいんだ。良かった。
別にエルゼダンテの森に入るのに許可貰う必要ないからいいんだよね。
「魔キリンって何ですか?」
「首の長い動物ですね。私もここで初めて見ました。アフリカの方から来たんでしょうかね」
「魔獣のたまり場って何ですか?」
「50匹位いて、中心が魔キリンだったみたいです。でも一匹だけでつがいは見当たらなかったですね。もう全部討伐したので大丈夫ですよ」
「巨大な魔石って何ですか?」
「見た目は岩の塊です。全部が魔石なのか一部なのかは解らないですが、固まってます。見せますか? この部屋には置けないのでどっか外でも。でも! あげませんよ! 魔石は私が使うので!」
「そんなに大きいのを何に使う気ですか?」
「え、魔法の勉強で使うんですよ。具体的には決まってませんが、いくらでも使えますから! あげませんよ! 見るだけなら見せてもいいですが、普通の岩ですよ」
はあーとギルド長はため息を吐く。
「直径1mくらいか。イレーネ君、裏庭に出しても大丈夫かな?」
「いいえ、裏だと誰かいるので不味いでしょう。町の外に行きましょう」
「今から見せて貰ってもいいかな」
「あーはい、遅くなります?」
「いや、今からすぐに行きましょう。馬車の手配お願いします。1時間位で戻ってきましょう」
イレーネさんがバタバタ出て行った。
失敗したなー。
魔石は普通の岩だけど、やっぱり魔キリンが珍しいのかな。
『ユイ、ジェマに少し遅くなるって言っといてくれない?』
『オッケー』
「え、何か言いました?」
ギルド長に声を掛けられた。
「いいえ、ただの独り言です」




