9*水泳ってこのことかー
「んじゃぁ、一通り見たから魔素入れてもいい?」
「まだ外見てないよ」
「今の体に魔素100%浴びてどうする。死ぬ気? 窓からの景色で我慢してよ」
「だって緑の森しか見えないよ」
「外に出ても森だからね。こんなところまで来る人はいないけど、見つからないように森の中に建ててるから」
「夜中に誰か入ってきたり、魔獣に襲われたりする心配はないの?」
「保護膜張ってあるから大丈夫だよ」
「保護膜ってすごすぎない?」
「安心して。じゃあ、魔素5%入れるね」
「……うっ、解った、頑張る…」
お腹に力を入れて身構える。
が、特に問題ない。頑丈な体って言ってたから、5%程度じゃ大丈夫なんじゃないの。
なんて思った矢先に、
「来た! うっ、頭いたい……いたいー……それに気持ち悪い……何これ」
「あ、水分いっぱいとってね。一日2~3L飲まないといけないらしいよ。ペットボトル持ってきて、ベッドで寝てなよ」
覚束ない足取りで、言われた通りに冷蔵庫まで行って、大きなペットボトル持ってきて、そのままベッドに倒れこむ。
気持ち悪い気持ち悪い。吐きそうで吐かないみたいな。
よく考えたら私死んでから一年以上何も食べてないじゃん。吐くものないよね。
とりあえず水は飲んでおこう。久しぶりの水だー。飲んでいる間は少し楽な気がする。いや、気のせいか。
ベッドに仰向けになる。頭痛い、気持ち悪い。
右を向く。頭痛い、気持ち悪い。
左を向く。頭痛い、気持ち悪い。
これで5%? やばい魔素に殺される。死なないって言ってたけど、嘘だ。こんなに辛いの死ぬ。
「ユイー死んじゃうかもしれない」
「大丈夫大丈夫」
「他人事だと思ってー」
「経験あるから解ってる」
「死ぬー気持ち悪いー」
それきりユイは喋らなくなった。薄情者。
でも気持ちは解る。病人の傍にいても、どうしてあげることも出来ないもんね。ただ見守っていることしか出来ない。
息を吸う時間を短く、鼻から長い時間を掛けて少しずつ吐き出す。どうにか楽になる方法が無いか色々模索してみる。口から吸って、空気を送ったら息を止めて、鼻からゆっくりゆっくり息を吐く。
気のせいかな、少しだけ楽になってきた。体勢は仰向けが良いようだ。
他のことは考えずに、呼吸だけを無心で繰り返す。
そのとき、はっとした。
「水泳!」
「え? え? 何?」
ずっと黙っていたユイが、いきなりの私の大声に動揺している。
「これかーーー! イタリア語と水泳か!」
坂口さんと受付の佐伯さんが食いついていたポイント、なんでそんなところに興味を示したのかと思ったら。
イタリア語はすぐに納得したが、水泳は忘れていた。
「これって水泳の息継ぎじゃんかよーーー! ああ、普通に喋ると気持ち悪い」
「寝てなよー」
「水泳の息継ぎの感じで息をすると、少し楽になるんだよ」
「ああ、そんなこと言ってたわ。短く大きく吸うといいんだって」
だから水泳歴14年の私に食いついたのか。タイムとか確かに関係なかった。
魔素を沢山取り込むと気持ち悪くなると思って、吸うのを気持ちちょっとずつにしていたけど、思い切り吸った方がいいのか。
「わかったーやってみるー」
「気を付けてねー 仕事してるから何かあったら声かけて」
「ありがとう」
要は高山病みたいなものなのかもしれない。酸素が薄くて、気持ち悪いのかも。地球より魔素が増えている分だけ酸素が薄いんじゃないだろうか。
何も考えず呼吸に専念する。自分が水の中にいるように想像して、口から思い切り息を吸って肺に入れる。そしてまた苦しくなったら大きく吸い込み、それを一定の間隔で繰り返す。
それだけに集中していたら、いつの間にか寝ていたようだ。
目を開けると、辺りが真っ暗になっていた。
元々森の中で少し薄暗かったが、今は夜のように部屋の中も真っ暗だ。
とりあえず起き上がって、ベッド横のペットボトルを掴んで水をがぶ飲みした。
寝る前よりは大分体調がいい。
起き上がって電気をつけて、トイレに行く。
「カノン大丈夫?」
「うん、ごめん、寝てた」
「大丈夫なの? 気を失ってたとかじゃなくて?」
「んー多分寝てただけだと思う。気持ち悪いから目を瞑って呼吸に集中してたら、いつの間にか寝てた」
「今、体調は?」
「まだちょっと頭痛いけどね。寝る前より平気」
「やっぱり強い転生体だからかなぁ。初日でそんなに馴染む人いないよ」
「そうなの? でも頭痛いし、まだ5%でしょう? 続けられる自信ないよ。あ、労災とかおりるのかな」
「あはは」
「なんか笑って誤魔化された気がする。お腹空いたから何か食べる」
キッチンでレトルトを探す。確かに何か料理しようと思う余裕は無い。
元々そんなに料理好きじゃないし、最近外食多いから健康のために野菜茹でようとか、食材貰っちゃったから仕方なく何か作ろうとか、料理するなんてそんな程度だった。
コンビニやスーパーで事足りる時代だもんね。一人暮らしで野菜買うと、半分は腐るのよ。計算したら自炊した方が高くついた。
でも第7にはコンビニもスーパーも無いから、自炊しなくちゃいけないんだろうな。
でも焼く煮る程度しかしないよ。揚げるのは後片付け無理だから、絶対しない。
運営のコックのジョージさんが、独り立ちできた後もレトルトとかプリンとか入れてくれないかなー。
お腹空いたといっても、そんなに味の濃いものは食べられる気はしないので、レトルトの帆立雑炊を選択。
ジョージさん、ナイスセレクトです。パッケージがスーパーには無い高級感がある。デパートのご当地コーナーか高級スーパーに置いてあるお高いヤツだな。
丼に入れてラップをかけて電子レンジでチンする。すごいーホタテほぐしたのだけじゃなく、小さいけどホタテの身まで載っている。
はふっと息を吐きながら、雑炊を口に運ぶ。うまいーたまらんジョージ、いい仕事してくれる。ダシがすっごく出ていて間違いなくお高いやつですよ。
そういえばと気が付いた。超猫舌だった筈なのに、そのまま食せた。
新しい体めっちゃ便利、美人なのに便利。
猫舌のせいで大分人生損している気がしてたけど、実際損してたわー。熱いまま口に運ぶ雑炊がこんなに美味しいとは!
あ、0.01の目も推定5.0に生まれ変わったらしい。コンタクト付けずに済むだけでも天晴だけど、5.0の視力はどんな世界だろう。
部屋の中はよく見える気がするけれど、早く外に出て色々眺めてみたい。
森の葉っぱはどんなに見えるんだろう。遠くの鳥は? 夜空の星は?
花粉症も無い体だよね、きっと。やったー!
丼とスプーン洗うのは明日でいいね。洗面所で歯磨いて顔だけ洗って、お風呂やシャワーも明日でいいや。
今日はもう余裕ないです。
また水だけ持ってそのままベッドに戻る。
お腹いっぱいになってまた眠くなったのか、呼吸法を気にする間もなく、落ちた。




