第10話 二人に挟まれて
二人が風呂から上がった後、俺も順番にシャワーを浴び、リビングでくつろいだ。
だけど、ゆっくりするなんて無理だった。
理由は氷室と鈴木の服装が、油断しまくってるからである。
氷室が着ているのは、艶やかなシルク素材のキャミソールワンピース。
薄手の生地が、身体のラインを強調しており、肩から鎖骨、そして太ももまで、すべてが見えていた。背中なんて、ほとんど丸出しだ。
ソファに腰を下ろしているから、裾がするりとめくれて白い太ももがさらに露になった。
慌てて視線を逸らし、今度は鈴木のほうへと目を向ける。
だが、そっちもダメだった。
黒のタンクトップはピタッと体に張りついていて、下はゆるめのショートパンツ。引き締まった腰骨から健康的な太ももまでが、しっかり視界に飛び込んできてしまう。
だが、何よりも俺の目を釘付けにしたのは、豊満すぎるバストだった。
風呂場から聞こえてきた氷室の言葉通り、確かに、めちゃくちゃデカい。
鈴木が動くたびに揺れるその様子に、俺は思わず唾を飲み込んだ。
「……どうしたの? なんだかさっきから落ち着きがないわよ?」
ソファでくつろぐ氷室が、不思議そうにじっとこちらを見つめてくる。
「え、いや……」
声をかけられた瞬間、俺は動揺して視線があちこちに動く。
「な、なんでもない」
慌てて答えると、今度は鈴木が疑いの目でじっと俺を見つめてくる。
「怪しいですね……目が泳いでいます」
……視線のやり場に困ってんだよ。
氷室は肩紐が今にも落ちそうだし、鈴木は鈴木で、胸元を隠す気はない。
ドキドキと鼓動を早くさせてまま、しばらくして。
「ふわぁ……そろそろ寝ましょうか」
氷室があくび混じりに立ち上がる。俺も鈴木も、そのあとに続いて寝室へ向かった。
寝室の扉が静かに開かれると、ふわりとアロマのやさしい香りが鼻をくすぐる。
癒される匂いだ。
広々とした寝室に足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、キングサイズのベッド。
「はい、陽は真ん中ね」
「やっぱり……俺は端っこじゃダメか」
「ダメよ。陽は真ん中じゃないと」
俺のささやかな抵抗は見事に却下され、結局ベッドの真ん中に寝る羽目になった。
左に氷室、右に鈴木。
二人とも俺に身体を寄せてきて、完全に密着状態になった。
「うーん……これよこれ、この感触。なんだかとても安心するわ」
氷室がご満悦な顔を浮かべ、俺の左腕にすりすりと頬を寄せてくる。
「ずっと、こうしていたいわ」
「いけません。お嬢様が怠けてしまったら、私が旦那様に叱られます」
「でも、まゆだって、さっきから陽に夢中なんじゃない?」
「違います。私はいつでも朝倉陽を拘束できるようにしているだけです」
二人とも、さらに強く抱きついてきて、俺にぴったりくっついてくる。
左右から氷室と鈴木の体温がじんわりと伝わってくる。
それから二人の衣服越しに押し付けられている胸の柔らかい感触。
……こんな状態で寝られるわけねぇだろ!?
そんなことを思ったとき、隣からふわりと甘い香りが漂ってきた。
氷室の髪からだ。お風呂上がりのシャンプーの匂い。
「どうしたの陽、緊張してるの?」
氷室がふっと、悪戯っぽく微笑んだ。
薄暗い照明に照らされた表情は、やたらと色っぽく見える。
……してないって言うほうが無理だろ、これ。
「ねえ、陽の好きなタイプってどういうの?」
「えっ?」
唐突すぎて、声がひっくり返った。
「そんな驚かなくてもいいじゃない?」
「いきなりなんだよ」
「こうしてるのも退屈だし、ちょっと恋バナでもしようかなって思ったの。で? どんな女の子がタイプ?」
「そんなの、急に言われても……」
「ふぅん……じゃあ、質問を変えるわ」
氷室は俺の肩にちょこんと顎を乗せ、まっすぐに俺の顔を見つめてくる。
「私のことは好き?」
「はああ!?」
「答えて」
「い、いや……俺たち会ったばっかだし……!」
「でも私は、陽のこと好意的に思ってるわよ?」
氷室はそう言って、俺の胸元にぴたりと体を寄せた。
「ねぇ、分かる? このドキドキ……全部あなたのせいよ」
そのまま、氷室は俺の胸にそっと手を添える。
じわじわと顔が近づいてきて、唇と唇が触れ合いそうな距離になる。
あと、ほんの数センチ。
「……私のことが好きなら。このまま……してもいいのよ?」
「え!?」
「……このまま、もう少し近づいたらどうなるかしら?」
まってまってまって!?
思考が真っ白になる。至近距離で見る氷室が綺麗すぎて、呼吸がまともにできない。
俺と氷室の唇が触れようとした瞬間、氷室の目が悪戯っぽく細められた。
「ふふっ……ねぇまゆ、見た? 陽の顔」
「さすがお嬢様。完全に赤面しています。これは間違いなく、朝倉陽はときめいております」
「ふふ、大成功ね♪」
「……は?」
状況が急展開すぎて、頭がついていかない。
「ごめんね、陽がお風呂に入ってる間に、ちょっとからかってみようってまゆと話してたの」
「まだまだですね、朝倉陽。これくらいで動揺していては、抱き枕失格です。今後は徹底的に鍛えますから覚悟してください」
……マジかよ。
言葉も出ない俺を見て、氷室はくすくすと楽しそうに笑っている。
「陽ってからかい甲斐あるわね。……それじゃ、おやすみ」
そう言って氷室は俺の腕を抱いたまま、目を閉じた。
……くそ。人のことをおちょくりやがって。
「おやすみ……っ!」
悔しさを紛らわせるように、俺もそのまま寝ようとした。
……しかし。
寝れない。
しばらく時間が経ったが、意識は冴える一方だ。
そりゃそうだ。氷室と鈴木に挟まれて、ぴったり密着状態。
こんな状況で寝られるわけがない。
心臓はバクバク、目を閉じようにも脳はフル回転。
そんな時、俺の耳元に、ひそやかな声が忍び寄る。
「……朝倉陽」
「うおっ! ?」
「あまり大きな声を上げないでください。お嬢様は寝ていますから」
慌てて隣を見ると、氷室は「すぅ……すぅ……」と静かな寝息を立てていた。
「お嬢様が就寝してから1時間が経過しました。あなたは寝ないのですか?」
「お前こそ寝ないのかよ?」
「はい、あなたがお嬢様を襲うかもしれませんので」
「信用ねぇな」
「当たり前です。お嬢様に迫られていたとき、まんざらでもない顔をしたので」
「うっ……」
それを言われると、返す言葉がない。
「言っておきますが、お嬢様にいやらしいことをした場合、火あぶりの刑ですからね」
「怖ぇよ」
真顔で言うな、そんなことを。
「いいですか?」
鈴木がじっと俺の目を見据える。
「……どうしても我慢できない場合は、私を襲ってください」
「……は?」
「誤解しないでください。あなたに対して好きという感情を抱いているわけではありません。ただ、私はお嬢様のメイドであり、ボディガードでもあります。万が一、あなたの理性が保てなくて襲ってきた場合、身代わりになるのも私の仕事です」
「いや、安心しろ。俺は寝てる相手に手を出す趣味はねぇから」
「なるほど。……つまりヘタレですね」
「おい」
俺がツッコむと、鈴木の口元がほんのり緩んだ。
「おやすみなさい、朝倉陽」
鈴木はそっと目を閉じる。
「……おやすみ」
返事をしたが、寝られるはずもない。
だからせめて二人を起こさないよう、息を潜めてじっと静かに過ごすことにした。
にしても、地味に『ヘタレ』って言われたのが傷ついた……。




