第10話 眠り姫参戦!
眠い。
……あくびが止まらない。
結局、昨夜は一睡もできなかった。
そりゃそう。
可愛い女の子に挟まれて寝ていたんだから。
氷室は寝ぼけて俺の足に絡みついてくるし、「あなたが寝るまで私は寝ません」と言っていた鈴木も心地よさそうに寝落ちしていたし。
ずっと起きていたのは俺だけ。
朝がやってくるまで、目を閉じることすらできなかった。
寝不足だろうと関係ない、朝は容赦なくやってくる。
学園の廊下。
俺、氷室、そして鈴木の三人は、横一列に並んで歩いていた。
「…………」
なんだか、すごく居心地が悪い。
さっきから、周囲の生徒たちの視線が痛いくらいに突き刺さってくる。
……原因は、間違いなく氷室だ。
誰もが振り返る美少女で、人望もあり、しかも日本を代表する大企業のお嬢様。
そんな雲の上の存在が、男の俺と並んで歩いているのだ。そりゃ注目されないはずがない。
「誰、あの男……?」
「なんで氷室様と一緒に歩いてるの……?」
「もしかして、彼氏……!?」
四方八方から、ひそひそとしたざわめきが耳に届く。
「おはようございます、氷室様! ……ちっ」
通りすがりの男子生徒が、氷室に満面の笑みで丁寧に挨拶したかと思えば、俺と目が合った瞬間、あからさまに舌打ちをしてきた。
そして、殺意を込めたような目で睨んでくる。
……おいおい、俺近いうちに氷室の熱狂的なファンに闇討ちされるんじゃないか?
そんな嫌な予感が頭をよぎった、そのとき。
――ドンッ!
「うおっ!?」
背中にズシッと強い衝撃が走った。
誰かが背後から勢いよく飛びついてきたのだ。
まさか俺に嫉妬した氷室のファンの襲撃か!?
俺がとっさに身構えた、その直後。
「陽くん、みっけ~♪」
聞き覚えのある、ふにゃっとした声。
驚いて振り返ると、そこにいたのは。
「ゆ、夢乃!?」
夢乃がいた。
俺の背中にぴったりと抱きついたまま、愛くるしい笑顔でこちらの見つめていた。
「やっぱりサイコーだね、陽くんの体は~♪」
「お、おい……離れろって……!」
「陽、誰なの?その子は」
抱きついてじゃれつく夢乃を見て、氷室がすっと目を細め、静かな声で問いかけてきた。
「陽くんの彼女だよ」
「……はぁぁ!?」
俺の叫びが、学園の廊下に響き渡った。
「ちょ、ちょっと待て!? 彼女って何言ってるんだよ!?」
「ん~? でも陽くん言ってたよね?一緒に寝るには陽くんの彼女にならないとダメだって。だから私、彼女になったんだよ~♪」
夢乃のやつ、彼女になったやら一緒に寝るやら、とんでもない発言を連発しやがって。
おかげで場は静まり返っているじゃねぇか。
「彼女……?」
氷室の声のトーンがぐっと低くなる。その瞳も鋭く細められていく。
「朝倉陽のこの動揺ぶり……どうやら、この方と朝倉陽は何か特別な関係のようですね」
鈴木が冷静に、分析をする。
その隣で氷室は、静かに夢乃の方へと一歩踏み出した。
「あなた、名前は?」
「わたし~? 月ノ瀬夢乃だよ」
「私は氷室璃月」
「氷室様のお世話とお世話係を務めております、鈴木まゆです」
「ご丁寧にどうもっ。よろしくね~璃月ちゃん、まゆちゃん♪」
ふわふわとしたテンションのまま、夢乃は軽く頭を下げる。
「あなた、陽とはどういう関係なのかしら? さっき彼女って言っていたけれど、付き合っているの?」
「んー、私はてっきり陽くんと一緒に寝たから彼女になったと思ったんだけど、陽くんは違うって言うから……よく分からないや」
「朝倉陽、これはどういうことですか? 彼女がいるという話は伺っていませんが?」
「か、彼女じゃない……けど……」
なんて説明すればいいんだ!?
つい最近知り合ったばかりで、一緒に添い寝をしただけ……なんて正直に言ったところで、納得してくれるわけがない。
俺が冷や汗を流して固まっていると、氷室が再び夢乃に向き直った。
「あなた……陽と、一緒に寝たの?」
「うん! すっごく気持ちよかったよ~陽くんをぎゅーってするとすぐ眠れちゃうんだよねー」
氷室の問いに、「えへへ」と無邪気な満面の笑みで答える夢乃。
「なるほど、お嬢様」
何かを理解した様子の鈴木が、氷室の耳元でひそひそと囁く。
「どうやらこの方もお嬢様と同じく深刻な不眠に悩まされ、より良い睡眠を求めて朝倉陽に接近してきたと思われます」
「まさか、私以外に……陽と一緒に寝ている子がいるなんてね」
氷室は唇にそっと指を当てながら、ぽつりと漏らすように呟いた。
そして、どこか挑戦的な視線を夢乃に向ける。
「陽に目をつけるなんて、なかなか良い目を持っているようね」
「うーん? そうでもないよ~。私、コンタクトだし?」
「……視力の話じゃないわよ。まあいいわ。悪いけれど、陽はもう私のものになったの」
「うーん? それじゃあ氷室ちゃんも彼女になったの?」
「違うわ。陽は、私の抱き枕よ」
「抱き枕……?」
夢乃はぽかんと首をかしげる。
「そう。つまり、これから陽を抱いて寝る権利は、私だけのものになったってこと」
「えぇ~独り占めはズルいよ~。私だって、陽くんと一緒に寝たいのに」
「……なら、勝負する?」
氷室が不敵な笑みを浮かべた。
「勝負?いいよ~。ゲームなら結構自信あるんだ」
「ゲームじゃないわ」
「え、じゃあなにで勝負するの~?」
夢乃がまたもぽかんと首を傾げると、氷室はふいにこちらへと視線を向けた。
「ねえ、陽。あなた『彼女にならないと一緒に寝られない』って、夢乃に言ったのよね?」
「え?ま、まあ……」
俺は頷いた。
「だったら、近いうちに合同学習会があるでしょう? そこで、陽にアピールをして、メロメロにさせたほうが勝ち。どうかしら?」
「陽くんを惚れさせるの~? うーん……私、乙女ゲームってやったことないんだよね~困ったな」
「別に棄権してもいいのよ?」
「ううん。私、陽くんと一緒に寝たいし。頑張るよ!」
「決まりね。いい勝負にしましょう?」
「ねぇ陽くん、どうすれば私のこと好きになってくれる?」
夢乃はすっと距離を詰めてくると、上目遣いの真剣な眼差しで俺の顔を覗き込んで尋ねてくる。
対する氷室は、キリッとライバル心を燃やした目つきで夢乃を見ていた。
「こうして璃月お嬢様と月ノ瀬夢乃の熱き戦いが、今、幕を開けたのでした」
「……なに勝手に実況始めてんだよ。お前、この状況、絶対楽しんでるだろ?」
「いえ、まったく」
口ではそう言いつつも、無表情のまま目だけがきらきらしている鈴木。
……こいつ、100%楽しんでやがる。




