7:元学友から愛をこめて
国王の執務室――の床に座らされたまま、エドワードは全てをゲロった。
か弱そうな女性にいじめられるのが大好きで、侍女のキティにも隔日で踏んだり蹴ったりしてもらっていたこと。
しかし段々と、更なるスリルを求め始めたこと。
キティに頼み込んで、執務室でも踏んでもらっていたこと。
ベアトリスに仕事を手伝わせるべく、登城の要請をしていたのに、それをすっかり忘れていたこと。
で、キティとのプレイを見られちゃったこと。
その秘密の保守を巡って、ベアトリスに決闘を申し込まれたこと。
彼女に勝てるわけがないと焦り、悪評と罪をでっち上げて彼女を修道院行きにしたこと。
――そして彼女がすぐに(なんなら一生)出てこられないよう、アンテノーラ修道院へ島流しにしたことも含め、全てぶちまけた。
この身勝手すぎる告白に国王も公爵も、客間から戻って来た王妃も頭を抱えるしかなかった。
国王は両手でこめかみを押さえてうめきながら、低い声で問う。
「色々と、言いたいことはあるのだが……お前、あの侍女はただの学友で疾しい関係などない、と宣言していたよな? 私たちは一応、あれを信じていたのだぞ?」
足がしびれ切ったため、はんなりと横座りになっているエドワードは、国王からさっと視線を反らした。
「……申し訳、ありません」
しおれた声に、国王のバカデカいため息が重なる。
王妃も首を振り振り、バカ息子に冷めた目を向ける。なんなら舌打ちもしそうなご面相だ。
「あなたの話を聞く限り……ベアトリスさんはたとえあなたが決闘に負けても、火遊び自体を責めるつもりはなかったのでしょう? しかも婚約も、継続する心積もりだったのですよね?」
「……はい。恐らくは」
とうとう王妃から舌打ちが繰り出された。キレのいい音だ。
「あなたはそれがかなりの譲歩、慈悲だと気付かなかったのですか? わたくしがベアトリスさんの立場なら、その場であなたのイチモツをもぎ取っておりますよ?」
「ヒイッ……で、ですがあの女――ベアトリス嬢は、私の醜聞を公表させようとしたのですよ! 慈悲などあるわけが!」
「王家――いいえ貴族の妻にとって、跡取りを産むことは最重要課題です。そこに至るまでに見え見えの火種があれば、取り除くのが当然ではないですか」
「でも彼女は、私が広めた噂を訂正しませんでした! そして皆、疑うことなく信じました! ならば普段の彼女の行いを、皆も問題視していたのですよ!」
だから自分は悪くない、と続けそうな言葉を、公爵が視線だけで黙らせる。キャィンッ、とビクつくエドワードを見据え、公爵は押し殺した声で言った。
「私の可愛いベアトリスは常々、貴方への愛想が尽きたと申しておりました。噂をわざわざ潰して回ってまで、殿下のおそばにいたくなかったのでしょう。そのまま婚約解消となれば万々歳、とも申しておりましたから」
「え……嘘……」
エドワードは呆然、と呟いた。自分が疎んでも、相手はなんだかんだで憎からず想ってくれると信じていたらしい。
さすがは脳内にも星屑だけが詰まっている、キラキラ王子サマである。
国王が呆ける息子に、「あのな」と声をかける。
「そもそも、彼女の婚約者であり、そして王太子でもあるお前が広めた噂だぞ? 周りの者がおいそれと、否と唱えられるわけがなかろう。下手を打てば、今度は自分が悪評をばらまかれるかもしれない、と警戒して当然だろう」
「え……あ……」
「それで、お前の愛人であるキティ嬢はどこにいるんだ?」
「えっと……彼女は昨日から、体調不良で休んで……それに、キティは何も知ら――」
「知らなかったとて。当事者として、彼女の聴取も改めてせねばなるまい」
国王は息子の懇願を、ぴしゃりと跳ね返した。
ここで今まで部屋の隅で気配を消していた侍女長が、静かに動いた。しかめっ面の国王へそっと歩み寄る。
「陛下。恐れながら、発言をお許しいただけますか?」
「構わん。どうしたのだ?」
「キティさんですが、本日付けで退職いたしました。退職届も預かっております」
「えっ!」
エドワードが素っ頓狂な声と一緒に、顔を跳ね上げた。彼はすぐに公爵を睨む。しかし公爵は、澄まし顔で肩をすくめた。
「私どもは何もしておりません。娘からキティ嬢への恨み言など一つも聞いておりませんので、手を出す理由もございません。殿下との秘密のご関係も、今初めて知りましたので」
「う、嘘だ……」
疑心暗鬼のエドワードの前に、侍女長がしゃがみ込む。
「キティさんからは、結婚が決まったための退職と伺っております。実家にいい縁談が届いたそうです」
「えぇっ、結婚!? 私以外とぉ!?」
「そうでしょうね。良縁だと喜んでおりましたし。こちらに、殿下へのお手紙を預かっております」
侍女長がお仕着せのポケットから取り出したのは、飾り気のないペラペラの封筒だった。封も開いている。
「キティさんの許可を得て、念のため中も検めております。どうかご容赦ください」
この言葉は、エドワードの耳を右から左に流れていった。ひったくるように受け取った手紙の内容のせいで、それどころじゃなかったのだ。
――拝啓 エディ様
挨拶もなしにお別れしてすみません。
でも、さすがにベアトリス様の根も葉もない噂を広めるのは、やりすぎです。引きました。
エディ様のアレな性癖を知っても、結婚してあげようと考えて下さっていたお優しい方に対して、さすがにやりすぎです。
それに都合が悪くなったら、きっとあたしも捨てられるんだろうなって怖くなって。
だから逃げるしかないなって思ったんです。分かって下さい。
あたし、しがない子爵家の娘だし。
でもマゾ趣味に誘ってくれたことは、ありがとうございます。最初はお金のためでしたけど、最近は割と楽しかったです。
実は娼館を営んでいる伯爵様から、後妻のお誘いがあったんです。
伯爵様とはエディ様に頼まれて、首輪を買いに行った時に出会いました。こういうの、運命の出会いって言うんですかね?
「副業で、とある高貴な方をいじめてるんです」って言ったら、「私の店でも、女主人として手腕を振るってくれないか?」って。
お仕事がお仕事だからか、伯爵様はとっても誠実で優しいお方なんです。
しかもおひげの似合う、素敵なイケオジなんですよ。実はあたし、枯れ専なんです!
伯爵様は、エディ様みたいな性癖の人でもストレス発散できるよう、色んなお店を作りたいっておっしゃってました。
なのであたしも、妻として伯爵様を手伝おうと思います。
エディ様で鍛えたスキルを、お店のみんなにも伝えるので楽しみにしててくださいね。
これでもロウソクをたらし・たらされた仲ですし、エドワード殿下の幸せを遠くで祈っています。
そしてどうか、お優しいベアトリス様にちゃんと謝って下さいね。
あなたの元学友 キティより――
エドワードは、手紙を凝視したまま固まった。
一方の国王たちは、侍女長から手紙の内容の報告を受けて一転、呆れと同情混じりの目をエドワードに向けている。
「エドワードよ……お前は勉学も武芸も人並み以下だが、社交性と度胸ならば人一倍だ。そして要領もいい。賢王にはなれずとも、人たらしの良王になれると信じていたのだが……」
国王の嘆きに、公爵の声が続く。
「……身近な恋人の心も繋ぎ止められないほど、有事の立ち回りが下手でいらっしゃったとは」
国王たちだけでなく、侍女長や侍従など、この場にいる大人たちの心の中は一致していた。
「もう駄目だな、こいつ」
と。




