第九十五話 米の流れを取り戻せ
江戸。
米価の上昇は止まらなかった。
朝になるたび。
米屋の前には人が並ぶ。
昨日より長い列。
昨日より不安な表情。
町全体が、少しずつ疲れていた。
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「若旦那。」
庄吉が帳面を閉じる。
「このままでは。」
「町人だけではありません。」
「職人も。」
「商人も。」
「皆が苦しくなります。」
弥助は頷いた。
「分かっている。」
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米は、ただの商品ではない。
米が高くなれば。
職人は食費が増える。
食費が増えれば。
仕事の値段を上げる。
仕事が高くなれば。
町全体の物価が上がる。
一つの問題が。
全ての流れへ影響する。
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弥助は江戸の地図を広げた。
「問題は。」
庄吉が聞く。
「何ですか?」
弥助は米の流れを書き込む。
「米がないことではない。」
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「米が。」
「正しい場所へ届いていないことだ。」
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弥助は調査を続けた。
産地。
船着き場。
問屋。
蔵。
市場。
全てを確認する。
そして。
一つの事実に気づく。
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「米はある。」
庄吉が驚く。
「では。」
「なぜ高いのですか?」
弥助は答える。
「流れが止められているからだ。」
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通常なら。
農村から米が届く。
問屋へ集まる。
市場へ出る。
町人が買う。
しかし。
今は途中で大量の米が止まっている。
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「ならば。」
庄吉が言う。
「その蔵を取り戻せば。」
「一時的には解決する。」
弥助は首を振った。
「違う。」
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「一つの蔵を潰しても。」
「また別の場所で起きる。」
「必要なのは。」
「止められない流れを作ることだ。」
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その言葉を聞いた正信は、深く頷いた。
「弥助殿らしい。」
「相手を倒すのではなく。」
「仕組みを変える。」
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弥助は新たな案を出した。
**江戸米流通組合**
だった。
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これまで。
米問屋は、それぞれが独自に仕入れていた。
そのため。
情報が分散していた。
どこに米があるのか。
誰が買っているのか。
分からない。
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そこで。
米の流れを記録し、共有する。
* 産地
* 入荷量
* 保管場所
* 販売量
全てを管理する。
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「米を管理するのですか。」
ある米問屋が尋ねる。
弥助は答える。
「管理するのではありません。」
「見えるようにするのです。」
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「流れが見えれば。」
「誰かが隠しても。」
「すぐ分かる。」
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しかし。
反対する者もいた。
「商売の秘密を公開しろというのか。」
「そんなことをすれば競争できない。」
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弥助は静かに答える。
「秘密にすることで。」
「誰か一人が利益を得る。」
「その結果。」
「町全体が苦しんでいます。」
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「商売とは。」
「自分だけが勝つことではありません。」
「町が続いてこそ。」
「商売も続くのです。」
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その頃。
黒潮屋。
源兵衛は、大倉屋の動きを調べていた。
「やはり。」
玄蔵が報告する。
「米をさらに集めています。」
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源兵衛は表情を変えない。
しかし。
拳は少し強く握られていた。
「これは。」
「商売ではない。」
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「市場を壊している。」
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玄蔵は驚く。
「源兵衛様が。」
「そこまで言われるとは。」
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源兵衛は静かに答える。
「商人は。」
「市場があって初めて存在できる。」
「市場そのものを壊せば。」
「最後には自分も滅びる。」
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その夜。
源兵衛は弥助の元へ現れた。
突然の訪問に庄吉が驚く。
「源兵衛さん……。」
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弥助は落ち着いて迎える。
「珍しいですね。」
「あなたがこちらへ来るとは。」
源兵衛は座る。
「一つ。」
「話がある。」
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弥助は黙って聞く。
源兵衛は言った。
「大倉屋を止める。」
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庄吉が驚く。
「黒潮屋が?」
源兵衛は頷く。
「私は弥助と商売の考え方は違う。」
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「だが。」
「町を壊す者を。」
「商人とは呼ばぬ。」
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弥助は少し驚いた。
今まで何度も競ってきた相手。
信用。
市場。
江戸の未来。
全てでぶつかってきた男。
その源兵衛が。
今は同じ敵を見る。
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「協力するのですか。」
弥助が尋ねる。
源兵衛は笑う。
「勘違いするな。」
「仲間になるわけではない。」
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「大倉屋を止めた後。」
「また競争だ。」
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弥助も笑った。
「分かっています。」
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江戸の米を巡る戦い。
そこには。
一時的な共闘という新しい形が生まれようとしていた。
しかし。
大倉屋もまた。
二人が動き始めたことを知る。
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「黒潮屋と山本屋が組んだ?」
報告を聞いた大倉屋は笑った。
「面白い。」
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「ならば。」
「もっと大きく動かすまでだ。」
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大倉屋の手元には。
江戸だけではない。
各地の米の情報が集まっていた。
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米。
物流。
信用。
市場。
全てを巡る戦いは。
ついに三者の対決へ進もうとしていた。




