第九十二話 職人の町
江戸。
弥助が提案した荷受け所制度は、少しずつ形になり始めていた。
港へ届いた荷。
一度集める。
記録する。
仕分ける。
必要な場所へ送る。
単純な仕組みだったが、その効果は大きかった。
「若旦那。」
庄吉が帳面を持って駆け寄る。
「荷の紛失が減っています。」
「そうか。」
「受け渡しの記録も残るので、揉め事も減りました。」
弥助は頷いた。
派手な改革ではない。
だが。
町を支えるのは、こうした地道な仕組みだった。
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その頃。
江戸の職人街。
大工たちが忙しそうに働いていた。
新しい家。
新しい店。
新しい蔵。
町が大きくなるにつれ、仕事は増える一方だった。
しかし。
弥助は違和感を覚えた。
「遅いな。」
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庄吉が首をかしげる。
「何がです?」
「建物が完成するまでの時間だ。」
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弥助は数日間、職人街を歩いて回った。
すると問題が見えてくる。
木材が届かない。
釘が足りない。
瓦が遅れる。
職人の腕は良い。
だが。
材料が揃わないのだ。
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「なるほど。」
弥助は納得した。
「物流の問題か。」
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建物を作る者。
材料を運ぶ者。
売る者。
それぞれが別々に動いている。
そのため、小さな遅れが積み重なり、大きな遅れになる。
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その夜。
弥助は職人たちを集めた。
「皆さん。」
「一つ聞きたい。」
「何でしょう。」
棟梁が答える。
「仕事で一番困ることは?」
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職人たちは口々に言う。
「木材不足。」
「注文の変更。」
「材料の遅れ。」
「急な仕事。」
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弥助は全てを書き留めた。
そして言う。
「ならば。」
「職人のための荷札を作りましょう。」
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翌日。
弥助は新しい仕組みを発表する。
**工事荷札制度**
だった。
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どの現場に。
何が必要か。
いつ必要か。
誰が運ぶのか。
それを記録する。
今まで職人の勘と経験で動いていた部分を整理する。
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「そんなことで変わるのか?」
棟梁が疑問を口にする。
弥助は笑う。
「やってみましょう。」
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一か月後。
結果は明らかだった。
材料不足が減る。
無駄な運搬が減る。
工事の遅れも減る。
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「すごい。」
若い職人が驚く。
「前より仕事が進む。」
「しかも。」
「余った材料まで分かる。」
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棟梁も腕を組む。
「悔しいが。」
「便利だな。」
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その話は、すぐ家康の耳にも届く。
「職人までか。」
正信が笑う。
「弥助は。」
「どこへ行っても流れを整えます。」
家康は頷いた。
「戦の名将が兵を動かすように。」
「弥助は物を動かす。」
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しかし。
その報告を聞いた源兵衛は、少し違う反応を示した。
「違う。」
玄蔵が首をかしげる。
「何がです?」
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「弥助は。」
「物を動かしているのではない。」
「時間を動かしている。」
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玄蔵は意味が分からなかった。
源兵衛は続ける。
「材料が早く届く。」
「工事が早く終わる。」
「店が早く開く。」
「商売が早く始まる。」
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「つまり。」
「弥助は時間を短くしている。」
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玄蔵は思わず息を呑んだ。
確かにそうだ。
物流が良くなるということは。
時間の価値を高めることでもある。
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源兵衛は窓の外を見る。
急速に成長する江戸。
「だからこそ。」
「放っておけば。」
「江戸全体が弥助の仕組みに染まる。」
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玄蔵が尋ねる。
「では。」
「どうされますか。」
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源兵衛は静かに帳面を開いた。
そこには江戸の商人たちの名前が並んでいる。
「職人。」
「商人。」
「物流。」
「次は。」
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源兵衛の指が、ある文字の上で止まる。
**米**
だった。
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「町が大きくなれば。」
「必ず必要になる。」
「食だ。」
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人は食べなければ生きられない。
武士も。
職人も。
商人も。
皆同じ。
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源兵衛は小さく笑う。
「弥助。」
「次は。」
「町の命を巡る勝負だ。」
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江戸の町は日々大きくなる。
しかし。
大きくなればなるほど、新たな問題も生まれる。
物流。
市場。
職人。
そして――
食糧。
二人の商人の戦いは、江戸の根幹へ近づいていた。




