第八十一話 東海道の詰まり
東海道へ入って三日。
弥助は、朝から街道を歩いていた。
馬には乗らない。
籠にも乗らない。
自分の足で歩く。
庄吉は不思議そうに尋ねた。
「若旦那。」
「どうして歩くんですか?」
弥助は前を見たまま答える。
「荷を運ぶ者の気持ちを知るためだ。」
「速い乗り物に乗っていたら。」
「見えないものがある。」
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東海道は、日本でもっとも重要な街道の一つだった。
人が行き交う。
荷が行き交う。
情報が行き交う。
しかし――。
「止まっている。」
弥助は立ち止まった。
目の前には、大勢の人足と荷車。
道幅が狭く、荷車同士がすれ違えず渋滞している。
「これは……。」
同行していた徳川家の若侍・松平忠吉が驚く。
「毎日のことなのか?」
宿場の役人が苦笑した。
「はい。」
「朝夕は特にひどく。」
「半日動かぬこともあります。」
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弥助は周囲を見る。
問題は道だけではなかった。
荷車。
宿。
人足。
馬。
すべてが同じ場所に集中している。
「荷が悪いわけじゃない。」
「道が悪いわけでもない。」
庄吉が首をかしげる。
「では何が問題ですか?」
弥助は答える。
「流れだ。」
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その日の夜。
宿場町で話を聞いた。
最初は商人たちも警戒していた。
「徳川様のお客人だからと言って。」
「我らの苦労が分かりますかな。」
一人の年配商人が言う。
「関所を通るたびに荷を確認される。」
「宿場ごとに手続きが違う。」
「同じ米を運ぶだけなのに。」
「何度も止められる。」
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弥助は帳面を広げた。
「一つ質問があります。」
「この荷。」
「ここから次の宿場まで何日かかりますか。」
「通常なら一日です。」
「では。」
「なぜ三日かかる?」
誰も答えられなかった。
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翌朝。
弥助は実際に荷車へ同行した。
米俵二十俵。
運ぶ距離は短い。
しかし。
関所で一度。
宿場で一度。
橋で一度。
そのたびに確認が入る。
「またですか。」
庄吉が疲れた顔をする。
「仕方ありません。」
役人は悪気なく答えた。
「昔からの決まりです。」
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夕方。
ようやく到着。
しかし弥助は帳面を見て驚いた。
「半分以上の時間が。」
「運ぶ時間ではなく。」
「待つ時間です。」
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宿へ戻ると、松平忠吉が尋ねた。
「どうすれば改善できますか。」
弥助はすぐには答えなかった。
物流の問題は、一つを直せば終わりではない。
人。
制度。
習慣。
すべてが絡んでいる。
「まず。」
「荷がどこにあるか。」
「誰が見ても分かるようにします。」
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翌日。
弥助は小さな提案をした。
「荷札を変えます。」
「荷札?」
「はい。」
今までは商人ごとに違う印を使っていた。
そこで弥助は、
* 荷主
* 品目
* 行き先
* 到着予定日
を書いた共通の荷札を作る。
「これなら。」
「関所でも宿場でも。」
「一目で分かります。」
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役人たちは最初、戸惑った。
「そんな紙一枚で?」
「荷が早くなるのですか?」
弥助は答える。
「紙はただの紙です。」
「ですが。」
「情報が揃えば。」
「人は迷いません。」
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試験的に一つの荷で試す。
関所。
確認。
一目で内容が分かる。
宿場。
記録。
また確認。
今までなら長くかかった作業が、半分以下になった。
「本当に……。」
役人が驚く。
「早い。」
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その報告は、すぐ徳川家康へ届いた。
正信が書状を読み上げる。
「荷札一つで、流れが変わったと。」
家康は静かに笑う。
「やはり。」
「弥助は道を見ているのではない。」
「人の動きを見ている。」
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しかし。
その夜。
別の報告が届く。
「殿。」
「問題がございます。」
「何だ。」
「新しい荷札を。」
「使うことを拒む商人が出ています。」
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正信が眉をひそめる。
「反対勢力ですか。」
家康は静かに答えた。
「当然だ。」
「変化には。」
「必ず失う者がいる。」
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遠くの宿場。
一人の商人が暗い部屋で書状を書く。
宛先は不明。
ただ最後に一文だけ記されていた。
> 『山本屋の弥助、東海道へ入る。』
その書状を受け取った人物。
それは――。
黒潮屋の源兵衛だった。




