第八十話 東海道への旅立ち
博多を出港してから十日。
弥助たちを乗せた船は、東へ向かう海路を進んでいた。
甲板の上。
弥助は遠くに見える陸地を眺めていた。
「もうすぐですね。」
庄吉が隣へ立つ。
「はい。」
「東国です。」
---
船を降りた港は、博多とは雰囲気が違っていた。
人の多さ。
荷の量。
行き交う商人。
しかし――。
「若旦那。」
庄吉が周囲を見渡す。
「何か違いますね。」
弥助はうなずいた。
「荷は多い。」
「でも。」
「流れが悪い。」
---
港では大量の荷が積まれていた。
米。
塩。
布。
木材。
どれも必要な品だ。
だが、荷が一か所に集まり、動けなくなっている。
荷車同士がぶつかる。
人足が右往左往する。
「何日もここに置かれている荷があります。」
庄吉が帳面を確認する。
「三日前。」
「いや、五日前のものも。」
弥助は静かに息を吐いた。
東国最大級の物流拠点。
だが。
まだ仕組みが追いついていない。
---
その日の夕刻。
徳川家の屋敷へ案内された。
出迎えたのは本多正信だった。
「ようこそお越しくださいました。」
「弥助殿。」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。」
正信は笑う。
「早速ですが。」
「もう問題を見つけられましたか。」
弥助は少し驚いた。
「分かりますか。」
「顔に出ております。」
二人は思わず笑った。
---
広間へ通される。
そこには数人の重臣がいた。
皆、弥助を見る目は様々だった。
興味。
疑い。
警戒。
当然だった。
武士の世界へ、商人が呼ばれたのだから。
---
「紹介いたします。」
正信が言う。
「こちらが徳川家康様です。」
弥助は深く頭を下げる。
「山本屋の弥助にございます。」
家康は静かに弥助を見る。
派手さはない。
しかし。
目だけは鋭かった。
「そなたが。」
「西国の港を変えた商人か。」
「皆様のお力があってこそです。」
家康は少し笑った。
「その答え。」
「本当に商人らしいな。」
---
家康は地図を広げた。
東海道。
江戸へ続く道。
宿場。
関所。
港。
「儂が知りたいのは一つ。」
「戦ではなく。」
「国を支える力とは何か。」
部屋が静まる。
弥助は考えた。
そして答える。
「人です。」
家臣たちがざわつく。
「兵ではなく?」
「はい。」
弥助は続ける。
「兵も民も商人も。」
「皆が動ける仕組みがあれば。」
「国は強くなります。」
---
一人の家臣が口を挟んだ。
「しかし。」
「商人の仕組みなど。」
「戦の役には立たぬのでは?」
弥助はその男を見る。
「戦には。」
「武器が必要です。」
「兵糧が必要です。」
「馬が必要です。」
「それらを届ける道がなければ。」
「強い軍でも動けません。」
男は黙った。
---
家康はしばらく考えた。
「つまり。」
「戦を支えるのも。」
「平時の暮らしを支えるのも。」
「同じ道だと。」
「はい。」
「物流です。」
---
その夜。
正信と二人で話す時間があった。
「皆、すぐには理解しないでしょう。」
「分かっています。」
「博多でも同じでした。」
正信は笑う。
「ですが。」
「最後には皆があなたについていった。」
弥助は首を振る。
「違います。」
「皆が、自分たちの未来を選んだだけです。」
正信はその答えを聞き、静かに笑った。
「やはり。」
「家康様が呼んだ理由が分かります。」
---
翌朝。
弥助は東海道の視察へ向かうことになった。
同行するのは徳川家の若い武士たち。
「まず何を見るのですか?」
一人が尋ねる。
弥助は迷わず答えた。
「荷ではありません。」
「人です。」
「荷を運ぶ人。」
「荷を待つ人。」
「荷によって暮らす人。」
---
東海道。
そこにはまだ、弥助の知らない問題が山ほどあった。
だが。
博多で学んだことがある。
問題がある場所には。
必ず、変える力を持つ人がいる。
---
その頃。
遠く離れた博多。
商人の学校では、新しい授業が始まっていた。
吉蔵が黒板代わりの板へ文字を書く。
**『信用』**
その横には。
弥助がいつも言っていた言葉。
「商いは、人と人の約束である。」
---
東へ向かう弥助。
西で育つ仲間たち。
物流の道は、一本ではない。
日本中へ伸びる長い道になろうとしていた。




