第八話 一揆の報せ
「一揆だと……!?」
代官所の広間が騒然となった。
武士たちが一斉にざわつく。
源兵衛はその場で固まっていた。
顔面が青白い。
今にも倒れそうだ。
だが俺は、別のことを考えていた。
一揆。
つまり、米が足りないということだ。
「落ち着け」
代官・松田清左衛門の声が響く。
低く、重い声だった。
広間の空気が少しだけ引き締まる。
「状況を報告せよ」
先ほどの武士が膝をつく。
「はっ」
「隣領にて、村々が年貢の軽減を求めて蜂起」
「被害は」
「今のところ領主館までは及んでおりませんが……」
言葉が詰まる。
「すぐに広がる恐れあり」
重い沈黙が落ちた。
俺は静かに息を吐いた。
やはり来たか。
凶作が事実なら当然だ。
米が足りない。
足りないなら奪い合いになる。
それだけの話だ。
「弥助」
代官の声がした。
「お前はどう見る」
また来た。
意見を求められる立場になっている。
少し前までただの米問屋の倅だったのに。
俺は一歩前に出た。
「一揆は拡大します」
即答だった。
ざわ、と武士たちが反応する。
「理由は?」
代官の目が鋭くなる。
「米がないからです」
俺は淡々と答えた。
「正確には、“足りないと思っているから”です」
「違いがあるのか」
「あります」
俺は続けた。
「実際の不足より、恐怖の方が速く広がります」
人間は合理的ではない。
特に食料に関しては。
一度不安が走れば、連鎖する。
それは前世で何度も見た光景だった。
代官はしばらく黙っていた。
やがて小さく息を吐く。
「では、どうすれば抑えられる」
その問いは重かった。
武士の誰も口を挟まない。
俺は少し考えた。
そして答える。
「二つです」
「言え」
「一つ、米を止めないこと」
「流通か」
「はい」
「もう一つは?」
俺は代官を見た。
「“足りていると思わせること”です」
広間が静まり返る。
源兵衛が呟いた。
「そんなことができるのか……?」
俺は首を振らない。
「できます」
ただし条件がある。
「米が必要です」
当たり前の話だ。
だが、それがないと始まらない。
代官がゆっくりと立ち上がった。
「つまり、お前はこう言いたいのだな」
「はい」
「お前の米が必要だと」
その瞬間、空気が変わった。
俺は一瞬だけ笑った。
やはりそこに行くか。
だが悪くない。
むしろ好都合だ。
「その通りです」
隠す理由はない。
代官はしばらく俺を見ていた。
値踏みするように。
そして。
「分かった」
短く言った。
「山本屋の米は、領の備蓄に回す」
源兵衛が「えっ」と声を漏らす。
俺は内心で頷いた。
予定通りだ。
だが代官は続けた。
「ただし条件がある」
来た。
こうなると思っていた。
「お前が管理しろ」
その一言で、広間の空気が止まった。
源兵衛が固まる。
庄吉も目を見開く。
そして俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「……面白いですね」
気づけば、もうただの米問屋ではなかった。
戦国の領地が、俺の在庫を当てにし始めている。




