第七十五話 人手不足という壁
博多の港では、今日も多くの船が出入りしていた。
荷印の統一。
三重確認。
港の寄り合い。
浮き橋。
改革は次々と成果を上げ、博多の物流は西国でも指折りの速さを誇るようになっていた。
だが――。
「若旦那。」
庄吉が帳面を抱え、困った顔でやって来た。
「また荷が残っています。」
弥助は帳面を見る。
運ぶ荷は増えている。
しかし、それ以上に仕事が増えていた。
「人が足りないか。」
「はい。」
「船頭も。」
「人足も。」
「毎日休みなく働いています。」
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その日の寄り合いでも、同じ声が上がった。
「仕事はある。」
「だが人がおらん。」
「若い者は町へ出てしまう。」
「年寄りばかりだ。」
誰もが同じ悩みを抱えていた。
物流が発展するほど、人手不足が深刻になっていたのである。
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帰り道。
弥助は港で、一人の少年を見かけた。
年の頃は十二、三歳。
父親らしき男の荷運びを黙々と手伝っている。
だが、その動きはぎこちない。
米俵を持ち上げようとして、何度もふらついていた。
「大丈夫か。」
声を掛けると、少年は恥ずかしそうに頭を下げた。
「はい。」
「父が腰を悪くしてしまって……。」
「だから代わりに。」
弥助は黙って父親を見る。
無理をして働いているのが一目で分かった。
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翌日。
弥助は宗清へ相談した。
「お願いがあります。」
「何でしょう。」
「人足を育てる場を作りませんか。」
「育てる?」
「はい。」
「今までは、見て覚えろでした。」
宗清はうなずく。
昔から、それが当たり前だった。
「ですが。」
「教えれば、一年かかる仕事が半年になります。」
「事故も減ります。」
「荷も傷みません。」
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数日後。
港の空き倉庫を使い、小さな講習が始まった。
最初に教えるのは、
**俵の持ち方。**
弥助は実際に米俵を担いでみせる。
「腕だけで持つと疲れます。」
「腰と肩を使ってください。」
人足たちは半信半疑だった。
ところが。
「軽い!」
「本当だ!」
「腰が楽だ!」
驚きの声が上がる。
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続いて。
「荷車は押すな。」
「引く?」
「坂だけ押してください。」
「平地は引いた方が力が要りません。」
前世では当たり前だったこと。
しかし、この時代では誰も教えてくれない知識だった。
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庄吉も若者たちへ帳面の書き方を教えていた。
「数字は大きく。」
「急いでも読めるように。」
「荷印も忘れずに。」
教えられる側だった庄吉が、今では教える側になっている。
弥助はその姿を見て、静かに微笑んだ。
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数週間後。
効果はすぐに現れた。
荷を傷める者が減る。
腰を痛める人足も減る。
新人でも、一人前に近い仕事ができるようになる。
「若旦那!」
甚兵衛が笑顔で駆け寄る。
「港全体の仕事が早くなっています!」
「皆が上手になったからです。」
弥助はそう答えた。
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その話は、黒潮屋にも伝わっていた。
玄蔵が首をかしげる。
「仕事を教える……ですか。」
源兵衛は静かに笑う。
「なるほど。」
「人を増やすのではなく。」
「一人を強くしたか。」
「恐ろしい男です。」
「いや。」
源兵衛は首を振った。
「もっと恐ろしい。」
「教えられた者は。」
「次に誰かへ教える。」
玄蔵は目を見開く。
「……あ。」
「そうだ。」
「知恵は荷と違う。」
「分けても減らない。」
源兵衛は窓の外の港を眺めた。
「山本屋は。」
「人ではなく、知恵を運び始めた。」
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夕暮れ。
講習を終えた少年が、弥助へ深く頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「父より先に。」
「僕が一人で荷車を引けました!」
父親も涙ぐみながら礼を言う。
「息子が商売を継ぐ自信を持ちました。」
弥助は笑顔でうなずく。
「商いは。」
「荷を運ぶだけじゃない。」
「人の未来も運ぶ仕事です。」
夕日に照らされた港では、今日も新しい人材が育ち始めていた。
その姿こそが、黒潮屋には決して真似のできない、山本屋最大の財産だった。




