第七十四話 人を育てる商い
浮き橋が完成してから五日。
博多の物流は、以前にも増して活気を取り戻していた。
「若旦那!」
庄吉が帳面を抱えて駆けてくる。
「荷の遅れが、ほとんどなくなりました!」
「そうか。」
弥助は帳面に目を通し、小さくうなずく。
浮き橋のおかげで物流は止まらなかった。
だが、本当に嬉しかったのは別のことだった。
船頭たちも、人足たちも、自分たちで工夫を始めていたのである。
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「若旦那。」
毛利家から派遣されていた船大工・甚兵衛が声をかけてきた。
「この板をもう少し長くすれば、荷車がすれ違えます。」
「いい考えですね。」
「昨日、人足から教わりました。」
弥助は思わず笑う。
「私じゃありませんよ。」
「皆さんが考えたんです。」
甚兵衛も照れくさそうに笑った。
「前なら、人足が意見なんて言いませんでした。」
「どうせ聞いてもらえないと。」
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その言葉が、弥助の胸に残った。
前世でもそうだった。
現場を一番知っているのは、現場で働く人たちだ。
それなのに、上にいる者ほど現場の声を聞かない。
「……そうか。」
弥助は小さくつぶやいた。
物流は荷だけではない。
人も育てなければならない。
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その日の午後。
弥助は島井宗清へ相談を持ちかけた。
「お願いがあります。」
「何でしょう。」
「月に一度。」
「港の人たち全員で話し合う場を作りませんか。」
宗清は少し驚いた。
「寄り合いはありますぞ。」
「商人だけです。」
弥助は首を振る。
「船頭も。」
「人足も。」
「船大工も。」
「港役人も。」
「皆で話すんです。」
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数日後。
港の倉庫を借り、小さな集まりが開かれた。
最初は皆、遠慮していた。
ところが。
「荷車の置き場が狭い。」
人足が言う。
「それなら倉庫の裏を使えばどうだ。」
船頭が答える。
「雨の日は縄が滑ります。」
「乾いた縄を別に置こう。」
船大工が提案する。
「帳面を書く場所が暗い。」
港役人がぼやけば、
「窓を増やそう。」
大工が笑う。
話は次々と広がっていった。
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庄吉は目を丸くしていた。
「若旦那。」
「すごいですね。」
「みんな、自分から話しています。」
弥助は静かに微笑んだ。
「答えは。」
「現場にあるからな。」
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その頃。
黒潮屋の屋敷。
玄蔵は報告を終え、源兵衛の返事を待っていた。
「寄り合い、ですか。」
「はい。」
「身分に関係なく意見を出し合っています。」
源兵衛はしばらく考え込んだ。
やがて、小さく笑う。
「恐ろしい男だ。」
「え?」
「荷を運ぶだけなら真似できる。」
「仕組みを作ることも、いずれ真似される。」
「だが。」
「人を育てる商いだけは真似できん。」
玄蔵は黙って聞いていた。
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「玄蔵。」
「はい。」
「山本屋が強い理由が分かったか。」
「信用でしょうか。」
「違う。」
源兵衛は静かに首を振る。
「信用は結果だ。」
「原因は、人だ。」
「人が育つから。」
「仕組みが育つ。」
「仕組みが育つから。」
「信用が生まれる。」
玄蔵は深く頭を下げた。
「勉強になります。」
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その夜。
弥助は一人、港を歩いていた。
浮き橋では、若い船頭たちが自分たちで補強工事をしている。
誰にも言われていない。
必要だと思ったから動いている。
「若旦那!」
庄吉が走ってくる。
「見てください!」
港の入口には新しい立て札が立っていた。
**『困ったことがあれば、港役所まで。』**
誰が立てたのか分からない。
だが、その文字の下には、小さくこう書かれていた。
**『みんなで良い港にしましょう。』**
弥助は思わず笑みを浮かべた。
「物流は。」
「荷を運ぶだけじゃない。」
「人の心も動かすんだな。」
遠くで船の汽笛が鳴る。
博多の港は今日も、多くの人々の知恵によって動き続けていた。




