第六十五話 消えた商船
「備後沖にて、商船が消息を絶ちました!」
伝令の声に、宴の空気が一変した。
小早川隆景はすぐに立ち上がる。
「いつのことだ。」
「昨日の昼でございます。」
「積み荷は?」
「米二百俵と塩五十俵。それに薬種が少々。」
俺は思わず顔を上げた。
「人は。」
伝令は少しだけ表情を曇らせた。
「船頭が五名、人足が三名。」
「計八名です。」
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隆景は地図を広げた。
備後沖。
島が点在し、潮の流れも複雑な海域だ。
「海賊でしょうか。」
家臣の一人が言う。
しかし隆景は首を横に振った。
「証拠はない。」
俺も地図を見つめる。
「船は予定どおり出航したんですか。」
「そのはずだ。」
「途中の港には?」
「寄っておらぬ。」
俺は腕を組んだ。
何かが引っかかる。
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「若旦那。」
庄吉が小声で聞いてくる。
「どう思います?」
「分からない。」
「でも。」
「荷が消えるには理由がある。」
事故。
海賊。
嵐。
あるいは――。
「まず事実を集めよう。」
推測より先に現場を見る。
前世でも、それが基本だった。
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翌朝。
毛利水軍の小早い船が二隻用意された。
「弥助殿。」
隆景が言う。
「捜索への同行を許す。」
「ありがとうございます。」
商人が水軍の捜索へ加わるなど異例のことだった。
だが、隆景は弥助の「見る力」を信じてくれていた。
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昼前。
消息を絶ったとされる海域へ到着する。
海は穏やかだった。
「昨日も、このくらいの天気でした。」
船頭が言う。
「嵐ではないな。」
俺は海面を見回した。
流木。
縄。
荷の切れ端。
何か残っていないか。
その時だった。
「若旦那!」
庄吉が指を差す。
「向こうです!」
小さな俵が一つ、波間に浮かんでいた。
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船を寄せる。
拾い上げてみると、俵には山本屋でも見覚えのある荷印が押されていた。
「毛利家の荷印です。」
庄吉が確認する。
俵は破れていない。
水もほとんど入っていない。
「妙だな。」
俺は眉をひそめた。
「沈んだ船から流れたなら、もっと傷んでいるはずだ。」
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さらに周囲を探す。
今度は木箱が見つかった。
縄も切れていない。
「落ちた……んじゃない。」
俺はつぶやく。
「置いていった?」
庄吉が首をかしげる。
「そんなことあります?」
「分からない。」
だが、どうも違和感が消えない。
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その時。
見張りの水兵が叫んだ。
「島影です!」
小さな島の浜辺に、何かが見える。
船を近づける。
そこには――
「人だ!」
男が二人、浜へ倒れていた。
急いで駆け寄る。
まだ息がある。
「水を!」
「医者を呼べ!」
毛利の兵たちが素早く動き出す。
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夕方。
男たちはようやく目を覚ました。
船頭だった。
「助かった……。」
「何があった?」
隆景が静かに尋ねる。
船頭は震える声で答えた。
「海賊ではありません……。」
「では?」
「夜中に。」
「舵が壊れたんです。」
「舵が?」
「急に利かなくなって……。」
そのまま岩場へ乗り上げたという。
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俺は思わず顔を上げた。
「舵だけ?」
「はい。」
「帆も船体も無事でした。」
つまり。
船そのものではない。
舵だけが壊れた。
偶然にしては出来すぎている。
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隆景も同じことを考えたようだった。
「誰かが細工した可能性がある。」
家臣たちの顔が引き締まる。
商船を狙った妨害。
もし本当なら、一隻だけの問題では済まない。
物流そのものが狙われている。
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その夜。
弥助は回収した舵をじっと見つめていた。
木は新しい。
だが、一本だけ不自然に削られた跡がある。
「……切られている。」
誰かが、意図的に舵を弱くしていたのだ。
物流を止める者がいる。
その存在が、静かに姿を現し始めていた。




