第六十四話 海を支配する者
「毛利水軍だ!」
見張りの声が響くと、船の上に緊張が走った。
十数隻の大型船が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
帆には、一文字三星の家紋。
瀬戸内海を支配する毛利家直属の船団だった。
「止まれ!」
先頭の船から大きな声が飛ぶ。
山本屋の船は帆をたたみ、その場で停船した。
やがて一隻の小舟が近づき、屈強な武士が乗り移ってくる。
「山本屋の弥助殿か。」
「私です。」
俺は一礼した。
武士は無表情のままうなずく。
「お迎えに参った。」
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船団に護衛されるように進むこと半日。
一行は安芸国・厳島近くの港へ到着した。
「……すごい。」
庄吉が思わず息をのむ。
港には大小さまざまな船が並び、人足たちが忙しく荷を運んでいる。
魚。
塩。
木材。
鉄。
米。
瀬戸内のあらゆる物資が集まっていた。
「京とも堺とも違う。」
俺は港を見渡した。
ここは陸と海が交わる場所。
物流の結節点だった。
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案内された屋敷には、一人の老人が待っていた。
白髪交じりの髭。
穏やかな笑み。
だが、その眼光は鋭い。
「よう来られた。」
「山本屋の弥助殿。」
「毛利家奉行、小早川隆景にございます。」
俺は思わず背筋を伸ばした。
名は知らなくとも、この人物がただ者ではないことはすぐに分かった。
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隆景は港を見渡せる座敷へ俺を案内した。
「弥助殿。」
「そなたに聞きたい。」
「物流とは何だ。」
これまで何度も似た問いを受けてきた。
だが、俺の答えは少しずつ変わってきていた。
「人と人をつなぐものです。」
「ほう。」
「物を運ぶだけではありません。」
「町と町。」
「国と国。」
「人の暮らしをつなぐ仕組みです。」
隆景は静かに笑った。
「良い答えだ。」
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やがて隆景は、一枚の海図を広げた。
瀬戸内海全域が描かれている。
そのあちこちに赤い印が付けられていた。
「海賊ですか。」
「いや。」
隆景は首を振る。
「荷が滞る場所だ。」
俺は海図を見つめる。
狭い海峡。
港の入口。
潮の速い場所。
確かに、船が集まりそうな地点ばかりだった。
「弥助殿。」
「船が増えたことで、新しい問題が生まれた。」
「港へ船が集中しすぎる。」
「荷揚げが終わるまで次の船が入れぬ。」
なるほど。
海にも渋滞があるのか。
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「少し港を見せてください。」
俺はお願いした。
隆景は快くうなずく。
港へ出ると、問題はすぐ分かった。
一つの桟橋に三隻が並び、荷揚げを待っている。
荷が降りるまで、後ろの船は動けない。
人足も荷車も足りず、岸では荷が山になっていた。
「若旦那。」
庄吉が小声で言う。
「堺の港と似ていますね。」
「ああ。」
違うのは荷車が船になっただけだ。
流れが止まる理由は同じだった。
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「隆景様。」
俺は港全体を見回した。
「空いている浜があります。」
「あるな。」
「そこを仮の荷揚げ場にしましょう。」
「浜を?」
家臣たちがざわつく。
「桟橋だけを使うから混むんです。」
「米俵や木材なら、浜へ直接降ろせます。」
「細かい荷だけ桟橋を使えばいい。」
隆景は黙って考えていた。
やがて、静かに命じる。
「試してみよ。」
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その日の午後。
人足たちは浜へ板を敷き、即席の荷揚げ場を作った。
大型の荷は浜へ。
壊れやすい荷だけ桟橋へ。
結果はすぐに現れた。
「船が空いた!」
「次が入れる!」
「荷揚げが止まらん!」
港全体が流れ始める。
船頭たちも笑顔になっていた。
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夕暮れ。
隆景は港を眺めながら言った。
「弥助殿。」
「そなたは港まで変えてしまうのだな。」
俺は苦笑した。
「変えたのは私じゃありません。」
「皆さんです。」
「私は少し見方を変えただけです。」
隆景は深くうなずいた。
「見方を変える。」
「それが一番難しい。」
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その夜。
屋敷でささやかな宴が開かれた。
酒が注がれ、魚料理が並ぶ。
その席で、隆景は一枚の巻物を差し出した。
「これは?」
「瀬戸内の港を自由に利用できる許可状だ。」
庄吉が思わず声を上げる。
「若旦那!」
「これがあれば……。」
「ああ。」
検問も手続きも大きく減る。
山本屋の海運は、一気に広がるだろう。
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宴も終わろうとした、その時だった。
一人の伝令が駆け込んできた。
「隆景様!」
「備後沖にて!」
「商船が消息を絶ちました!」
部屋の空気が一変する。
隆景は静かに立ち上がり、俺を見た。
「弥助殿。」
「今度は、人を探す物流を頼めるだろうか。」
戦国の海は、物流だけでなく、人の命を懸けた戦いの舞台でもあった。




