第六十三話 瀬戸内の海路
「安芸国、毛利家よりお招きにございます。」
使者の言葉に、その場の空気が変わった。
宗玄が静かに口を開く。
「弥助殿。」
「これは大きな縁です。」
「毛利家は瀬戸内の海をよく知る家。」
「もし信用を得られれば、海の物流は大きく変わるでしょう。」
俺はゆっくりとうなずいた。
「行ってみます。」
知らない土地。
知らない海。
だからこそ、自分の目で見てみたかった。
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数日後。
山本屋の一行は堺を出発した。
今回は荷車だけではない。
堺で手配してもらった一隻の小型船に乗り、瀬戸内海を西へ向かう。
「若旦那……。」
庄吉は船べりにつかまり、青い顔をしていた。
「船って、こんなに揺れるんですね……。」
「まだ穏やかな方らしいぞ。」
船頭が笑う。
「風が強い日は、こんなもんじゃない。」
庄吉は返事をする余裕もなかった。
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瀬戸内海は、弥助の想像とは違っていた。
大小無数の島々。
島の間を縫うように進む船。
港へ入る漁船。
物資を運ぶ商船。
まるで海の上に街道があるようだった。
「すごい……。」
思わず声が漏れる。
「道が見えないのに、人はちゃんと進んでいる。」
ディエゴからもらった方位磁石を取り出す。
船頭はそれを見ると目を丸くした。
「珍しい道具をお持ちですな。」
「いただき物です。」
「これがあれば、曇りの日でも助かるでしょう。」
やはり海にも物流を支える知恵がある。
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その日の夕方。
一行は小さな港町へ寄港した。
船頭が顔をしかめる。
「妙ですな。」
「どうしました?」
「船が多すぎる。」
港には何十隻もの船が停泊していた。
しかし荷揚げは進んでいない。
人足たちが岸で困ったように立っている。
「何があった?」
近くの商人へ尋ねると、大きなため息が返ってきた。
「潮待ちです。」
「潮待ち?」
「この先の海峡は流れが速い。」
「潮が変わるまで船は出せません。」
なるほど。
陸には信号はないが、海には潮がある。
物流を止める理由がまた一つ増えた。
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俺は港を歩き回った。
荷は山積み。
船は動かない。
人足は手持ち無沙汰。
(もったいない。)
頭の中で、前世の物流センターが浮かぶ。
待ち時間。
遊んでいる人員。
滞留する荷物。
どれも同じだ。
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「庄吉。」
「はい。」
「潮を待っている間、何をしている?」
「何も……。」
「それだ。」
俺は手を打った。
「荷を積む順番を決めよう。」
「順番ですか?」
「ああ。」
今までは潮が変わってから積み始めていた。
だから出港まで時間がかかる。
「積める荷は先に積む。」
「出る順番も決める。」
「潮が変わったら、すぐ出港する。」
船頭が驚いた顔になる。
「確かに……。」
「それなら一隻ずつ慌てなくて済む。」
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その日のうちに試してみた。
人足たちは荷を船ごとに分ける。
船ごとに札を立てる。
出港順を決める。
そして——
「潮が変わったぞ!」
船頭の声が響く。
「一番船、出せ!」
待っていた船が、次々と港を離れていく。
いつもなら半刻以上かかる出港が、わずかな時間で終わった。
港中から歓声が上がる。
「早い!」
「今日は混まないぞ!」
「まだ日が高いうちに出られる!」
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港の商人が俺へ駆け寄ってきた。
「ありがとうございます!」
「待ち時間が半分になりました!」
俺は首を振る。
「皆さんが協力したからですよ。」
物流は一人ではできない。
船頭。
人足。
商人。
全員が動いて初めて流れが生まれる。
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翌朝。
船は再び西へ向かう。
朝日に照らされた海は穏やかだった。
庄吉もようやく船に慣れてきたようで、甲板から島々を眺めている。
「若旦那。」
「海にも物流があるんですね。」
「いや。」
俺は笑った。
「海だからこそ、物流があるんだ。」
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その時。
見張りの船頭が大声を上げた。
「前方!」
「大きな船団だ!」
水平線の向こうから、十数隻もの船がゆっくりと近づいてくる。
船首には、大きく掲げられた家紋。
**一文字三星。**
毛利水軍だった。




