第六十二話 海を越える約束
堺公認の取引商人。
その知らせは、一夜にして町中へ広まった。
「山本屋だ。」
「例の物流の商人か。」
「近江屋とも付き合いがあるらしい。」
港を歩くだけで、あちこちから視線を感じる。
だが俺は、浮かれてはいなかった。
信用とは、得るよりも守る方が難しい。
それを藤兵衛から教わっていたからだ。
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翌朝。
宗玄から再び呼び出された。
応接間には、見覚えのある顔が並んでいる。
宗玄。
ディエゴ。
マルコ。
そして、数人の堺の豪商たち。
宗玄が切り出した。
「弥助殿。」
「一つ、大きな相談がある。」
「何でしょう。」
宗玄は机の上に一枚の地図を広げた。
瀬戸内海だった。
「今年は、瀬戸内を通る荷が急激に増えておる。」
確かに地図には、京・堺・備前・讃岐・博多へ続く航路が描かれている。
「しかし。」
「港ごとに荷の積み方も、帳簿の付け方も違う。」
「そのせいで荷違いが絶えん。」
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俺は帳面を見せてもらった。
すぐに原因が分かった。
「荷印が統一されていませんね。」
「荷印?」
宗玄が首をかしげる。
俺は米俵を例に説明した。
「山本屋では、俵ごとに印を付けています。」
「ですが港によっては、船単位でしか記録していない。」
「これでは積み替えるたびに間違えます。」
商人たちが顔を見合わせた。
「確かに……。」
「今まで当たり前だと思っていた。」
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「提案があります。」
俺は紙に大きく丸を書いた。
「送り主。」
「荷の種類。」
「行き先。」
「この三つだけは、全国で同じ印を使いませんか。」
「全国で?」
宗玄が目を細める。
「山本屋だけでは意味がありません。」
「近江屋。」
「堺。」
「三河。」
「東国。」
「皆が同じ印を使えば、積み替えはずっと楽になります。」
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部屋が静まり返る。
やがてマルコが口を開いた。
「海モ同ジ。」
「外国デモ、印ハ大事。」
ディエゴも大きく頷く。
「ワカリヤスイ。」
「イイ。」
宗玄は腕を組んだまま、しばらく考えていた。
そして、ゆっくりと笑う。
「また新しいことを考えたな。」
「ですが。」
「これは山本屋のためではありません。」
「商人みんなのためです。」
その一言に、宗玄は深くうなずいた。
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その日の午後。
堺の港で、小さな実験が始まった。
荷印を統一した十台の荷車。
行き先ごとに印を分ける。
赤は京。
黒は近江。
青は東国。
文字が読めない人足でも、一目で分かる。
「若旦那!」
庄吉が声を弾ませる。
「積み間違いがありません!」
「確認も早いです!」
番頭たちも驚いていた。
「印を見るだけで済む。」
「帳面を何度も開かなくていい。」
ほんの小さな工夫。
だが、それだけで港の動きは目に見えて速くなった。
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夕方。
宗玄は港を眺めながら言った。
「弥助殿。」
「そなたは荷を運ぶだけではない。」
「商いの決まりまで変えようとしている。」
俺は苦笑した。
「決まりは、人が楽になるためにあります。」
「不便なら変えた方がいい。」
宗玄は大きく笑った。
「まったく。」
「面白い男だ。」
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その夜。
ディエゴが宿を訪ねてきた。
「ヤスケ。」
「プレゼント。」
そう言って差し出したのは、小さな木箱だった。
中には一つの方位磁石。
「コンパス。」
「海ノ道具。」
俺は手に取って回してみる。
針は静かに北を指していた。
「海デハ。」
「道ガ見エナイ。」
「ダカラ、コレガ必要。」
俺は感心した。
街道には道標がある。
だが海にはない。
それでも、人は道を作ってきたのだ。
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翌朝。
堺を発とうとした俺たちの前へ、一人の武士が現れた。
「山本屋の弥助殿。」
「私ですが。」
武士は丁寧に一礼し、巻物を差し出した。
「安芸国より使者にございます。」
封に描かれた家紋を見て、宗玄が目を見開く。
「これは……。」
**毛利家。**
瀬戸内海を支配する大大名からの招きだった。




