第六十一話 海の向こうから来た商人
翌朝。
堺の港には、潮の香りと人々の掛け声が響いていた。
弥助は、ディエゴから渡された海図を広げていた。
「……広い。」
日本近海しか知らなかった弥助にとって、その海図は別世界だった。
九州のさらに西。
見たこともない島々。
そして、大陸へと続く航路。
「若旦那。」
庄吉が海図を覗き込む。
「この先にも国があるんですか?」
「ああ……らしい。」
俺も詳しくは知らない。
だが一つだけ分かる。
海もまた、街道なのだ。
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約束の刻になると、ディエゴが現れた。
今日の彼は一人ではない。
後ろには数人の異国の商人が立っていた。
「ヤスケ。」
「紹介シマス。」
「仲間デス。」
年配の男が一歩前へ出る。
「私はマルコ。」
流暢とは言えないが、日本語を話していた。
「長崎、平戸、堺。」
「何度モ来マシタ。」
俺も頭を下げる。
「山本屋の弥助です。」
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しばらく話をすると、マルコが一つの木箱を開けた。
中には見たことのない品が並んでいた。
鮮やかな青いガラス。
細かな模様の入った布。
甘い香りのする香辛料。
庄吉が目を丸くする。
「こんな物、初めて見ました……。」
「南蛮ノ品デス。」
ディエゴが笑う。
「日本デ、高ク売レマス。」
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「逆に。」
マルコが尋ねた。
「日本カラハ、何ヲ売ル?」
俺は少し考える。
刀。
漆器。
陶器。
いろいろ思い浮かぶ。
だが、俺の答えは違った。
「米です。」
ディエゴたちが顔を見合わせた。
「ライス?」
「そうです。」
「人は食べなければ生きられません。」
「どこの国でも、それは同じでしょう。」
マルコは腕を組み、静かに頷いた。
「面白イ。」
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「ですが。」
俺は続けた。
「今は売れません。」
「ナゼ?」
「国内で足りなくなる。」
ディエゴは少し驚いたようだった。
「利益ヨリ、国?」
「ええ。」
「国内で飢える人がいるのに、外へ売ることはできません。」
しばらく沈黙が流れる。
やがてマルコが笑った。
「ヤスケ。」
「アナタ、変ワッタ商人。」
庄吉は少し誇らしそうだった。
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その時だった。
港の方が急に騒がしくなる。
「火事だ!」
「倉庫から煙が!」
人々が一斉に駆け出した。
俺たちも急いで港へ向かう。
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燃えていたのは、大きな荷蔵だった。
黒煙が空へ立ち上る。
人足たちが必死に水を運んでいる。
「中に荷が!」
「まだ残ってるぞ!」
混乱の中、商人たちは立ち尽くしていた。
俺は周囲を見渡す。
そして叫ぶ。
「荷車をどけろ!」
誰も動かない。
「急げ!」
「蔵の前を空けるんだ!」
庄吉も声を張り上げる。
「山本屋の者はこっち!」
「道を作れ!」
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荷車が移動する。
通路が広がる。
人足たちは一列になり、水桶を次々と運び始めた。
「早くなった!」
「水が届く!」
さらに俺は叫ぶ。
「燃えてない蔵の荷を先に出せ!」
「延焼する前に運び出すんだ!」
商人たちもようやく動き始める。
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一刻後。
火はようやく消し止められた。
焼けた蔵は一つだけ。
周囲の蔵は無事だった。
宗玄が静かに歩いてくる。
「また助けられたな。」
「いえ。」
俺は首を振る。
「皆さんが動いたからです。」
宗玄は苦笑する。
「違う。」
「最初に動いたのは、そなただ。」
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夕暮れ。
港を見渡す弥助の隣へ、ディエゴが立った。
「ヤスケ。」
「物流。」
「海モ同ジ。」
「止マッタラ、皆困ル。」
「その通りです。」
俺は海を見つめる。
街道も。
川も。
そして海も。
すべて人と物をつなぐ道なのだ。
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その夜。
宗玄から一通の文を受け取る。
「これは?」
「会合衆全員の名で書いたものだ。」
封を開く。
そこには力強く記されていた。
**『山本屋を、堺公認の取引商人と認める。』**
京、三河、東国に続き。
ついに日本最大の商業都市・堺もまた、山本屋を正式な仲間として迎え入れたのだった。




