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転生したら戦国時代の米問屋だった  作者: 水原伊織


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第六話 足りないのは米ではない

代官所の広間。


重苦しい空気が流れていた。


「凶作は事実だ」


代官・松田清左衛門の言葉に、源兵衛が息を呑む。


俺は静かに頷いた。


予想は当たった。


だが問題はここからだ。


「どの程度の被害ですか?」


俺が尋ねる。


清左衛門は机の上の文を指で叩いた。


「隣領では収穫の三割以上が失われたらしい」


三割。


思った以上だ。


この時代の三割減は致命的だ。


飢える者が出る。


村が潰れる。


そして戦が起きる。


「既に商人たちも動き始めている」


代官は続けた。


「領外へ米を売り払う者もいる」


なるほど。


だから焦っているのか。


米不足そのものではない。


領内から米が消えることを恐れているのだ。


「代官様」


俺は口を開いた。


「米はどれくらい備蓄されていますか?」


広間が静まり返った。


武士たちが眉をひそめる。


源兵衛など青い顔だ。


普通の町人が代官へ質問するなど無礼なのだろう。


だが清左衛門は怒らなかった。


むしろ興味深そうにこちらを見ている。


「なぜ聞く」


「問題を整理したいので」


しばらく沈黙。


やがて代官は口を開いた。


「役所の備蓄は二千石ほどだ」


少ない。


思わず顔に出そうになった。


二千石。


平時なら十分かもしれない。


だが凶作が広がれば話は別だ。


「足りませんね」


「ほう?」


代官の目が鋭くなる。


「なぜそう思う」


「民が慌てるからです」


俺は答えた。


「米が足りないと噂になれば、人は必要以上に買います」


前世でも何度も見た。


災害前の買い占め。


物流の混乱。


棚から消える商品。


問題は不足そのものではない。


恐怖だ。


「米があるかどうかではありません」


俺は続けた。


「米があると信じられるかどうかです」


代官は黙った。


武士たちも黙る。


誰も言葉を挟まない。


「面白いことを言う」


やがて清左衛門が呟いた。


「だが、その通りかもしれんな」


そして代官は立ち上がった。


窓の外を見る。


町が見える。


人が行き交う。


平和な光景だ。


だがその下では、既に不安が広がり始めている。


「弥助」


初めて名前で呼ばれた。


「お前ならどうする」


源兵衛が目を剥いた。


町人の小僧に意見を求めるなど異例なのだろう。


だが俺は迷わなかった。


答えは決まっている。


「まず領内の米の流れを調べます」


「流れ?」


「どこに、どれだけあるのか」


清左衛門が振り返る。


俺は続けた。


「蔵元。問屋。村の庄屋。」


「ふむ」


「米の量が分からなければ対策も立てられません」


戦でも商売でも同じだ。


現状把握。


それが最優先。


俺は山本屋の帳簿を思い出した。


在庫を把握していない店は潰れる。


なら。


在庫を把握していない領地も同じだ。


代官はしばらく考え込んだ。


やがて。


ふっと笑う。


「なるほど」


その顔は最初より柔らかかった。


「源兵衛」


「は、はい!」


「面白い倅を持ったな」


源兵衛は何とも言えない顔になる。


褒められているのか。


呆れられているのか。


本人にも分からないらしい。


その時だった。


広間の外から武士が駆け込んできた。


「代官様!」


息を切らしている。


何かあったのだ。


清左衛門が眉をひそめる。


「どうした」


武士は叫んだ。


「河合屋が米を買い始めました!」


俺は思わず笑った。


案の定だ。


市場の匂いを嗅ぎつけたのだろう。


数日前まで俺を笑っていた男が。


今度は慌てて米を集め始めている。


だが。


もう遅い。


本当に勝負が始まるのは、これからなのだから。


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