表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら戦国時代の米問屋だった ~武将でも剣豪でもない俺が、兵糧で天下統一を支えます~  作者: 水原伊織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/102

第五十七話 商人の遺志

「近江屋・藤兵衛殿、病に倒れる。」


その一文を読んだ俺は、すぐに京への帰路についた。


荷車は最低限。


人足も必要な人数だけだ。


「若旦那。」


庄吉が馬を走らせながら言う。


「藤兵衛様……大丈夫でしょうか。」


「分からない。」


俺は短く答えた。


「だが、会えるうちに会っておきたい。」


商売を教えてくれた恩人だった。


遅れるわけにはいかない。


---


京へ着くと、近江屋には重苦しい空気が漂っていた。


普段は威勢のいい番頭たちも声を潜め、静かに仕事をしている。


「弥助殿。」


番頭頭が深く頭を下げた。


「お待ちしておりました。」


「藤兵衛殿は?」


「奥で休んでおられます。」


「お会いになりますか。」


俺は黙って頷いた。


---


部屋へ入ると、藤兵衛は布団の上で静かに横になっていた。


以前より痩せていたが、その目にはまだ力が残っている。


「……弥助殿。」


「来てくれたか。」


「はい。」


俺は枕元へ座った。


藤兵衛は小さく笑う。


「そんな顔をするな。」


「まだ死なん。」


思わず笑ってしまう。


この人らしい。


---


「弥助殿。」


藤兵衛はゆっくりと口を開いた。


「商売は順調か。」


「おかげさまで。」


「東国へも荷を運びました。」


「そうか。」


満足そうに目を閉じる。


「聞いたぞ。」


「利益を抑えて売ったそうだな。」


「困っている人から大金は取れません。」


「うむ。」


藤兵衛は静かに頷いた。


「それでよい。」


---


しばらく沈黙が続いた。


やがて藤兵衛は、枕元から一冊の古い帳簿を取り出した。


「これは?」


「近江屋の初代帳簿だ。」


思わず息をのむ。


紙は黄ばみ、表紙も擦り切れている。


何十年、いや百年近く受け継がれてきたものなのだろう。


「弥助殿。」


「帳簿とは。」


「金を書くものではない。」


「……?」


「信用を書くものだ。」


俺は静かにページをめくる。


そこには売上だけではない。


「飢饉の年、無利息で米を貸した。」


「橋の修理へ銀を寄付した。」


「孤児を奉公人として育てた。」


数字より、人とのつながりが記されていた。


---


「商人は。」


藤兵衛は少しかすれた声で続ける。


「世の中が豊かになってこそ栄える。」


「自分だけ儲かっても意味はない。」


「町が滅びれば。」


「商人も滅びる。」


俺は深く頷いた。


その言葉は、前世では学べなかった商売だった。


---


「だから。」


「弥助殿。」


「物流を育てなさい。」


「物流?」


「道を育て。」


「人を育て。」


「商人を育てる。」


「そうすれば。」


「国は豊かになる。」


その一言一言が胸へ染み込んでいく。


---


夕方。


藤兵衛は少し疲れたように目を閉じた。


「今日は休まれた方が。」


俺が立ち上がると、藤兵衛は俺の袖を軽くつかんだ。


「最後に一つ。」


「はい。」


「商人は。」


「戦に勝つことはできぬ。」


「だが。」


「戦を終わらせることはできる。」


俺はその意味をすぐには理解できなかった。


しかし、その言葉だけは心へ深く刻まれた。


---


近江屋を出る頃には、夕焼けが京の町を赤く染めていた。


庄吉が静かに歩いてくる。


「若旦那。」


「藤兵衛様……。」


「ああ。」


「まだ大丈夫だ。」


そう答えながらも、不安は消えない。


---


その夜。


宿へ戻ると、番頭頭が慌てて追いかけてきた。


「弥助殿!」


「どうしました?」


「藤兵衛様から。」


「これを預かっております。」


差し出されたのは、小さな木箱だった。


中には一枚の木札と、一通の手紙。


手紙には、震える筆跡でこう書かれていた。


**『この札を持つ者を、近江屋は生涯の友とする。』**


そして木札には、近江屋の屋号が深く刻まれていた。


それは金銀よりも価値のある、近江屋からの最大の信頼の証だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ