第五十四話 救援隊、東へ
「山本屋へ助けを求める使者が来ています!」
伊三郎の言葉に、店内の空気が一変した。
帳場に通されたのは、三十代半ばほどの男だった。
着物は泥にまみれ、草鞋は擦り切れている。
ここまで休まず走ってきたのだろう。
「私は武蔵国・川越の商人、佐平次と申します。」
男は深く頭を下げた。
「どうか……お力をお貸しください。」
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佐平次の話は深刻だった。
「地震で橋が落ちました。」
「蔵もいくつか倒れました。」
「米はあるのです。」
「ですが、村まで届かない。」
俺は静かに頷く。
予想通りだった。
不足しているのは物資ではない。
物資を届ける仕組みだ。
「役人は?」
「被害の確認で手いっぱいです。」
「大名は?」
「城の修復を優先しております。」
つまり、物流まで手が回らない。
「だから商人に頼るしかないのです。」
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俺は庄吉を見た。
「蔵の在庫は?」
「米が四百八十俵。」
「味噌が百二十樽。」
「塩が八十俵。」
「干物もあります。」
「荷車は?」
「十五台。」
「人足は?」
「四十人ほど集められます。」
数字がすぐ返ってくる。
この数年で庄吉も立派な番頭になっていた。
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「若旦那。」
庄吉が小さな声で言う。
「全部持っていくんですか?」
「いや。」
俺は首を振った。
「全部は運ばない。」
「え?」
「必要な物だけだ。」
帳面を広げる。
震災直後。
必要なのは何か。
米。
塩。
味噌。
それに水を運ぶ桶。
縄。
油。
「優先順位を決める。」
「命をつなぐ物から運ぶ。」
庄吉は大きく頷いた。
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その日のうちに、町中の商人が集められた。
宗兵衛。
鍛冶屋の棟梁。
酒屋。
味噌屋。
炭屋。
弥助は皆の前に立った。
「東国が困っています。」
「山本屋だけでは足りません。」
「力を貸してください。」
静まり返る店内。
やがて宗兵衛が笑った。
「今さら何を言う。」
「おぬしが困っているなら手伝う。」
「違います。」
弥助は首を振る。
「困っているのは東国です。」
その一言に、皆が笑った。
「それならなおさらだ。」
「行こう。」
「困った時は助け合いだ。」
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三日後。
二十台を超える荷車が町を出発した。
先頭には山本屋。
後ろには各商家の旗。
町の人々が沿道で見送る。
「気を付けて!」
「無事に帰ってこい!」
源兵衛は腕を組みながら言った。
「大きくなったな。」
「山本屋も。」
俺は苦笑した。
「山本屋だけじゃない。」
「町のみんなですよ。」
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道中は険しかった。
橋が落ちている。
崖が崩れている。
荷車が進めない場所も多い。
「若旦那!」
「この先は通れません!」
俺は周囲を見渡した。
「荷を降ろせ。」
「え?」
「人が運ぶ。」
「荷車は後から回す。」
人足たちは俵を背負い、一歩ずつ崩れた山道を越えていく。
時間はかかる。
だが、荷は止まらない。
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五日後。
川越へ到着した。
町は想像以上だった。
倒れた家。
崩れた蔵。
炊き出しの列。
疲れ切った人々。
佐平次は目を潤ませた。
「本当に……来てくださった。」
俺は荷車を見渡す。
「庄吉。」
「はい。」
「配る順番を決める。」
「子どもがいる家。」
「年寄り。」
「けが人。」
「最後に商人だ。」
庄吉は力強く答えた。
「分かりました!」
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炊き出しが始まる。
温かい粥を受け取った子どもが、小さく笑った。
「おいしい。」
その一言だけで、人足たちの疲れが吹き飛んだ。
宗兵衛が隣で呟く。
「商売じゃないな。」
俺も静かに頷いた。
「今日は違います。」
「今日は物流です。」
物を運ぶ。
それだけではない。
人の命をつなぐ。
それこそが物流の本当の役目なのだと、俺は改めて実感していた。
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その夜。
佐平次が一通の文を差し出した。
「これは?」
「川越城の城主様からです。」
封を開く。
そこには、力強い筆で短く書かれていた。
**『山本屋の弥助殿に、ぜひ会いたい。』**
戦国の物流は、ついに新たな大名との縁を結ぼうとしていた。




