第五十三話 止まった街道
「東国で大地震……。」
宿の一室に、重い沈黙が落ちた。
庄吉が文を握りしめる。
「街道が寸断されたら、荷は運べません。」
「そうだな。」
俺は静かに頷いた。
「だが。」
「物そのものがなくなったわけじゃない。」
庄吉が顔を上げる。
「え?」
「物はある。」
「運べないだけだ。」
物流の問題は、いつもそこに行き着く。
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翌朝。
俺は京の市場へ向かった。
案の定、商人たちは騒然としている。
「東国へ送る荷を止めろ!」
「橋が落ちたらしい!」
「山道も崩れたぞ!」
あちこちで怒号が飛び交う。
しかし、その中で一人だけ冷静な老人がいた。
近江屋の藤兵衛だ。
「弥助殿。」
「早いですな。」
「様子を見に来ました。」
藤兵衛は頷く。
「良い判断です。」
「慌てる者ほど損をする。」
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市場の一角で、数人の商人が口論になっていた。
「米を買い占めろ!」
「いや、値が下がる前に売れ!」
意見は真っ二つだ。
庄吉が不安そうに俺を見る。
「若旦那。」
「うちはどうします?」
俺は即答しなかった。
まず、人の流れを見る。
荷車の数を見る。
飛脚の動きを見る。
それから静かに口を開いた。
「何もしない。」
「えっ?」
「今は。」
「何もしない。」
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昼過ぎ。
飛脚が新しい知らせを運んできた。
「若旦那!」
「橋が一本落ちただけです!」
「街道全部じゃありません!」
俺は思わず地図を広げた。
橋が落ちた場所。
迂回路。
宿場町。
頭の中で線が一本につながる。
「そういうことか。」
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「庄吉。」
「はい!」
「街道は一本じゃない。」
「え?」
「道が駄目なら。」
「別の道を使う。」
当たり前の話だ。
だが、多くの商人は普段使う街道しか知らない。
だから物流が止まったと思い込む。
「飛脚を走らせろ。」
「迂回路を調べる。」
「村道でもいい。」
「山道でもいい。」
「通れる道を全部探す。」
「分かりました!」
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三日後。
報告が集まり始める。
「西の山道は通れます!」
「北の渡し舟も動いています!」
「峠道は荷車一台なら通行可能です!」
帳場いっぱいに地図が広げられる。
俺は一本一本、墨で新しい道を書き加えていく。
「若旦那。」
庄吉が感心したように言う。
「街道が増えていきますね。」
「違う。」
「見えていなかっただけだ。」
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さらに二日後。
山本屋の荷車は動き始めた。
荷は少なく。
速度は遅い。
だが。
止まってはいない。
「山本屋の荷車だ!」
「もう来たのか!」
東国へ向かう途中の宿場では、人々が驚いていた。
「どうやって来た!」
御者は笑って答える。
「若旦那が道を見つけた。」
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その頃。
京の市場では、まだ多くの商人が動けずにいた。
「橋が直るまで待とう。」
「危ない。」
「無理だ。」
そう話し合っている間にも、山本屋の荷は少しずつ目的地へ届いていく。
庄吉が嬉しそうに帳面を見せた。
「若旦那!」
「注文が増えてます!」
「『山本屋なら運んでくれる』って。」
俺は小さく笑った。
「止まらない。」
「それが物流だからな。」
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その夜。
藤兵衛から一通の文が届いた。
短い文章だった。
**『商人は道を使う者ではない。道を見つける者である。』**
俺はその一文を何度も読み返した。
前世でも同じだった。
事故が起きれば迂回する。
港が混めば別の港を使う。
物流とは、決まった道を歩く仕事ではない。
最適な道を探し続ける仕事なのだ。
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翌朝。
伊三郎が慌てて店へ飛び込んできた。
「弥助様!」
「今度は何だ?」
「東国からです!」
「向こうの商人たちが……。」
息を整える間もなく、伊三郎は叫んだ。
「山本屋へ助けを求める使者が来ています!」
東国。
震災で物流を失った土地。
その復旧を、山本屋へ託そうとする者たちが現れたのだった。




