第五十話 蔵を建てる理由
明から贈られた倉庫の模型は、山本屋の帳場の真ん中に置かれていた。
源兵衛は腕を組んだまま、その模型を覗き込んでいる。
「何度見ても不思議だな。」
「棚ばかりじゃねえか。」
「蔵の中を、こんなに細かく区切る必要があるのか?」
俺は模型を手に取り、静かに頷いた。
「必要なんだ。」
「どこに何があるか。」
「それがすぐ分かる。」
「それだけで、人は何倍も早く動ける。」
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翌日。
山本屋の蔵へ向かう。
「庄吉。」
「はい。」
「米俵を一度全部動かそう。」
「えっ?」
庄吉だけでなく、人足たちまで驚いた。
「せっかく積み終わったのにですか?」
「だからこそだ。」
俺は蔵の中を見回した。
入口付近には古い米。
奥には昨日届いた新しい米。
味噌樽や塩俵も混ざって積まれている。
探すだけで時間がかかる。
「まずは種類ごと。」
「次に入った順。」
「最後に札を付ける。」
「札?」
「この棚には米。」
「あっちは味噌。」
「その隣は塩。」
「誰が見ても分かるようにする。」
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作業は丸一日かかった。
人足たちは汗だくになりながら荷を動かす。
「若旦那。」
「もう勘弁してください。」
「明日には筋肉痛です。」
笑い声が上がる。
だが。
夕方には蔵の景色が一変していた。
米。
味噌。
塩。
酒。
すべてが整然と並ぶ。
庄吉は目を丸くした。
「探さなくていい……。」
「そう。」
「探す時間は利益を生まない。」
「運ぶ時間だけが利益になる。」
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翌日。
その効果はすぐに現れた。
「米五十俵!」
「はい!」
「味噌十樽!」
「すぐ出します!」
昨日までなら、蔵の中を走り回っていた。
だが今は違う。
迷わない。
探さない。
出荷が半分以下の時間で終わった。
「若旦那!」
庄吉が興奮している。
「もう積み込みが終わりました!」
「予定より一刻も早いです!」
源兵衛も思わず唸った。
「蔵を片付けただけで、こんなに違うのか。」
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数日後。
宗兵衛が山本屋を訪れた。
蔵へ入るなり、足を止める。
「これは……。」
「見違えたな。」
棚札を見上げながら感心している。
「どこに何があるか。」
「一目で分かる。」
「うちでも真似していいか?」
俺は笑った。
「もちろんです。」
「隠すようなことじゃありません。」
宗兵衛も笑う。
「相変わらずだな。」
「普通なら秘密にする。」
「皆が早く運べるなら。」
「その方が町全体の利益になります。」
宗兵衛はしばらく黙っていた。
やがて小さく頷く。
「だから皆、おぬしを信用するのだな。」
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それから一か月。
町では少しずつ変化が起きていた。
酒屋が棚札を付け始める。
味噌屋も蔵を整理する。
鍛冶屋は道具を種類ごとに並べるようになった。
誰も「物流改革」などという言葉は知らない。
だが。
仕事は確実に早くなっていた。
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ある日の夕暮れ。
伊三郎が新しい知らせを持ってくる。
「弥助様。」
「京からです。」
「京?」
「はい。」
文には短く、こう書かれていた。
**『都では兵糧よりも、塩の値が急騰している。』**
俺は文を読み返した。
塩。
米ではない。
理由は分からない。
だが。
物流の世界では、価格が動く時には必ず理由がある。
「庄吉。」
「はい。」
「京へ行く準備をしよう。」
「米じゃないんですか?」
「今回は塩だ。」
その一言に、庄吉の表情が引き締まる。
戦国の商売は、まだまだ弥助の知らない市場であふれていた。
そして山本屋は、ついに日本最大の市場――京へ足を踏み入れることになる。




