第四十九話 海の向こうの商人
「明の商人……?」
伊三郎からの文を読み終えた俺は、すぐに顔を上げた。
「庄吉。」
「はい!」
「馬を用意してくれ。」
「港へ向かう。」
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翌朝。
港町はいつにも増して賑わっていた。
岸壁には二隻の大型船。
一隻は見慣れた南蛮船。
そして、その隣には、これまで見たことのない巨大な船が停泊していた。
黒く塗られた船体。
高くそびえる帆柱。
船首には龍を模した見事な彫刻が施されている。
「あれが……。」
「明の船です。」
伊三郎が隣で答えた。
「ずいぶん立派ですね。」
「この辺りでは滅多に見られません。」
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船着き場へ近づくと、多くの荷が運び込まれていた。
絹。
陶磁器。
茶葉。
薬種。
見たこともない品が並んでいる。
「全部、明からですか。」
「ええ。」
「逆に日本からは銀や硫黄、漆器などを積んで帰ります。」
俺は黙って荷物を眺めた。
物流会社で働いていた頃、海外コンテナの入荷を見るたびに感じていた高揚感が蘇る。
物が動けば、人も金も動く。
時代が違っても、それは変わらない。
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「弥助様。」
伊三郎が一人の男を連れてきた。
五十代ほどだろうか。
長い髭を蓄え、上質な青い衣をまとっている。
「明の商人、林宗明殿です。」
通訳を介して互いに礼を交わす。
林宗明は穏やかな笑みを浮かべた。
「山本屋。」
「評判、聞いています。」
少したどたどしい日本語だったが、十分に意味は伝わった。
「ありがとうございます。」
「こちらこそ、お会いできて光栄です。」
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林宗明は港を見回しながら言った。
「日本の商人。」
「荷を運ぶのは上手です。」
「ですが。」
少し言葉を選ぶ。
「倉が少ない。」
俺はその一言に反応した。
「倉?」
「はい。」
「港に荷を置く場所。」
「すぐ売る。」
「すぐ運ぶ。」
「だから混乱する。」
確かに、その通りだった。
港へ着いた荷は、その場で右へ左へと運ばれていく。
一時的に保管する大きな倉庫がほとんどない。
だから船が重なると、市場全体が混雑してしまう。
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「明では違うのですか?」
林宗明は頷いた。
「大きな倉。」
「先に荷を入れる。」
「必要な時だけ出す。」
俺の頭の中で、一つの言葉が浮かぶ。
物流センター。
もちろん現代のような設備ではない。
だが、考え方は同じだ。
「なるほど……。」
思わず呟いた。
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帰り道。
庄吉が興奮していた。
「若旦那!」
「聞きましたか!」
「港に大きな倉ですって!」
「聞いた。」
「作れますか?」
俺は少し考える。
資金。
土地。
人手。
どれも簡単ではない。
だが。
「いつか必要になる。」
「山本屋だけじゃない。」
「この港全体に。」
物流が増えれば、必ず保管場所が足りなくなる。
その時に備える。
それも商人の仕事だった。
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その夜。
帳場で帳簿を眺めていると、源兵衛が声をかけてきた。
「弥助。」
「何だ?」
「最近のお前は。」
「米よりも、運び方ばかり考えてるな。」
俺は笑った。
「米は大事だよ。」
「でも。」
「米だけじゃ天下は動かない。」
源兵衛は腕を組む。
「じゃあ何が動かす?」
俺は帳簿を閉じた。
「仕組みです。」
「仕組み?」
「誰が運ぶか。」
「どこへ置くか。」
「いつ届けるか。」
「どうやって集めるか。」
「その仕組みがあるから、米も人も動く。」
源兵衛はしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「難しい話は分からねえ。」
「だが。」
「お前が店へ来てから。」
「山本屋はずいぶん変わった。」
その言葉が少し嬉しかった。
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翌朝。
店の前に見慣れない荷車が止まっていた。
荷台には木箱が一つ。
差出人の名を見て、俺は目を見開く。
**『明国商人 林宗明』**
箱を開ける。
中には、小さな木製の模型が入っていた。
何本もの棚が並び、荷物が整然と積まれている。
そして、一枚の文。
**『これが明の倉庫です。参考になれば幸いです。』**
俺は模型を手に取り、静かに笑った。
「物流は、国を越えるか……。」
戦国の米問屋だった山本屋は今、新しい時代の物流を学び始めていた。




