第四十四話 飛脚という足
港町から戻った翌日。
山本屋の帳場には、各地から届いた注文書が積み上がっていた。
「若旦那。」
庄吉が困った顔をしている。
「どうした。」
「注文が増えるのはありがたいんですが……。」
一枚の注文書を差し出す。
「届くのが遅いんです。」
「遅い?」
「この注文、書かれた日付は八日前です。」
俺は思わず眉をひそめた。
八日。
注文が届くまで八日。
そこから荷を準備して運び始める。
これでは商売の機会を逃してしまう。
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俺は帳面を開いた。
最近の注文を並べてみる。
届いた日。
出荷した日。
到着した日。
一つずつ書き出していく。
「やっぱりだ。」
「何が分かったんです?」
庄吉が身を乗り出す。
「荷物を運ぶより。」
「注文を運ぶ方が遅い。」
庄吉は目を丸くした。
言われてみれば、その通りだった。
荷車は整備した。
街道も改善した。
人も増えた。
だが。
情報だけは昔のまま。
旅人や商人が、ついでに伝えているだけだった。
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その日の夕方。
俺は源兵衛へ相談した。
「親父。」
「なんだ。」
「手紙だけを運ぶ人はいる?」
源兵衛は首をかしげる。
「城には早馬がおる。」
「商人には?」
「聞いたことがねえな。」
やはり。
公的な使者はいても、商人専用の仕組みはまだない。
俺は静かに笑った。
「だったら。」
「作ろう。」
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翌朝。
山本屋へ、人足たちを集める。
「今日は荷物じゃない。」
皆が顔を見合わせた。
「手紙を運ぶ。」
一人の若者が手を挙げる。
「若旦那。」
「そんなので金になるんですか。」
「なる。」
俺は即答した。
「急ぎの注文。」
「商品の値段。」
「市場の様子。」
「全部、お金になる情報だ。」
情報が一日早く届けば、一日早く動ける。
それだけで利益は大きく変わる。
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「でも。」
年配の馬借が腕を組む。
「荷物を持たずに走るなんてもったいない。」
「逆だ。」
俺は地図を広げた。
「荷物を積めば遅くなる。」
「だから速く届けられる。」
「手紙だけを運ぶ人を作る。」
「その人は、次の町で待っている者へ手紙を渡す。」
「また次。」
「また次。」
庄吉が目を輝かせた。
「途中で交代するんですね!」
「そう。」
「一人が全部走る必要はない。」
前世の宅配便では当たり前の中継。
戦国では、まだ誰もやっていない。
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数日後。
試験的に始めることになった。
山本屋。
宿場町。
港町。
三か所を結ぶ。
一人目が走る。
宿場で待機していた二人目へ渡す。
さらに港町へ。
結果は。
「若旦那!」
庄吉が興奮して飛び込んできた。
「今まで六日かかってた知らせが!」
「二日で届きました!」
店中が歓声に包まれる。
源兵衛も思わず笑った。
「すげえな……。」
「荷物じゃなく。」
「知らせを運ぶ商売か。」
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それから一週間。
変化はすぐに現れた。
「米が不足している町があります!」
「港の塩が安くなりました!」
「黒川家が追加注文を希望しています!」
情報が次々と集まる。
以前なら、一週間後に知っていた話を。
今は二日後には知ることができる。
その差は大きかった。
「若旦那。」
伊三郎が感心したように言う。
「情報は集めるだけではない。」
「運ぶことも大切だったのですね。」
俺は笑った。
「情報も荷物です。」
「しかも、一番軽くて。」
「一番価値がある荷物です。」
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その日の夜。
一人の飛脚が息を切らして戻ってきた。
「若旦那!」
「どうした。」
「港町から急ぎの知らせです!」
飛脚は懐から封を取り出した。
そこには、たった一行だけ書かれていた。
**『南蛮船、予定より十日早く再来航』**
俺は思わず立ち上がる。
十日。
それだけ早ければ、市場はまだ準備できていない。
つまり。
誰よりも早く動ける。
山本屋にしかない武器。
それは今や、米でも荷車でもない。
情報を誰よりも早く届ける"足"だった。




