第四十三話 値段のつかない品
「コメ、カイタイ。」
青い目の南蛮商人は、米俵を指差しながら笑顔を浮かべた。
隣には通詞が立っている。
「失礼いたします。」
通詞が頭を下げた。
「この方は、ディエゴ殿と申します。」
「遠い南蛮の国から来られた商人です。」
俺も軽く頭を下げる。
「山本屋の弥助です。」
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「米をご所望とのことですが。」
通詞が言葉を伝える。
ディエゴは何度も頷いた。
「ヨイ、コメ。」
「ホシイ。」
俺は少し首を傾げた。
「失礼ですが。」
「南蛮船で米を運ぶのですか?」
通詞が質問を伝える。
返ってきた答えは意外だった。
「チガウ。」
「フネノ、ヒト。」
「タベル。」
なるほど。
商品としてではない。
船員たちの食料か。
長い航海では、保存できる食料が何より重要になる。
「どれくらい必要ですか?」
通詞が尋ねる。
ディエゴは両手を大きく広げた。
「タクサン。」
思わず笑ってしまう。
「それじゃ分かりません。」
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結局、通詞を交えて話を進めることになった。
「三百俵ほど欲しいそうです。」
「三百!」
庄吉が思わず声を上げる。
今の山本屋でも簡単に用意できる量ではない。
俺は静かに考える。
「今すぐは無理です。」
通詞が伝える。
ディエゴは残念そうな顔をした。
しかし、俺は続けた。
「ですが。」
「期限をいただければ集められます。」
通詞が訳すと、ディエゴの表情がぱっと明るくなった。
「ホント?」
「約束します。」
握手を求められた。
俺も右手を差し出す。
固い握手だった。
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商談を終えた後。
庄吉が興奮気味に話しかけてきた。
「若旦那!」
「南蛮人と商売ですよ!」
「まだ決まったわけじゃない。」
「でも。」
「三百俵ですよ!」
確かに大きな話だ。
しかし、俺が気になっていたのは別のことだった。
「庄吉。」
「はい。」
「さっき港を歩いていて気付かなかったか?」
「え?」
「あの船。」
「米以外にも、山ほど荷物を積んでいた。」
庄吉は頷く。
「そうですね。」
「つまり。」
「帰りは空じゃない。」
「日本の品を積んで帰る。」
そこが重要だった。
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「何を積むんだろう。」
俺は港を見つめる。
陶器。
漆器。
刀。
銀。
硫黄。
様々な品が頭に浮かぶ。
前世の歴史知識では、日本から銀が大量に輸出されていた記憶がある。
だが。
米も可能性はある。
「調べる価値がある。」
物流とは、運ぶ物を知ることでもある。
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その日の夕方。
市場を歩いていると、小さな人だかりができていた。
「何だ?」
近付いてみる。
一人の老人が、小さな木箱を開いていた。
中には、白い粒。
「砂糖です。」
見物人が驚いている。
「これが砂糖か。」
「高いんだろ?」
老人は苦笑した。
「高いなんてもんじゃない。」
「この小さな袋で。」
「米十俵分。」
周囲がどよめいた。
庄吉も絶句している。
「そんなに……。」
俺は黙って砂糖を見つめた。
前世では、どこの家にもある調味料。
それが戦国時代では米十俵に匹敵する価値を持つ。
時代が違えば。
価値も変わる。
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宿へ戻る途中。
伊三郎が俺に声を掛けた。
「弥助様。」
「何です?」
「今日一番高い品をご覧になりましたか?」
「砂糖でしょう?」
伊三郎は静かに首を振った。
「違います。」
「もっと高い物があります。」
「何です?」
伊三郎は港の沖を指差した。
夕日に照らされた南蛮船。
その帆を見つめながら言う。
「情報です。」
「……情報?」
「どこの港で何が不足しているか。」
「どこで何が豊作だったか。」
「どの大名が戦を始めるか。」
「その情報一つで。」
「商人は何千貫も稼ぎます。」
俺は息をのんだ。
物流。
人。
そして情報。
前世でも、物流会社が最も重視していたのは需要予測だった。
つまり。
情報を制する者が、物流を制する。
伊三郎は笑った。
「弥助様。」
「あなたなら、その意味がお分かりでしょう。」
俺は静かに頷いた。
次に集めるべきものは、米ではない。
情報だった。
戦国最大の商売は、今まさに新しい段階へ進もうとしていた。




