第四十一話 運賃という商売
翌朝。
山本屋の店先には、昨日の商人が荷車を止めたまま待っていた。
荷台には木箱が十数個。
箱には丁寧に藁が巻かれている。
「お待たせしました。」
俺が声を掛けると、商人は深々と頭を下げた。
「突然のお願いにもかかわらず、ありがとうございます。」
「中身は何ですか。」
「越後で仕入れた和紙です。」
「濡らすわけにはいきません。」
俺は木箱を軽く持ち上げる。
思ったより軽い。
「届け先は?」
「城下町の紙問屋です。」
「五日以内に届けていただければ。」
「分かりました。」
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庄吉が小声で尋ねる。
「若旦那。」
「これ、いくら取るんです?」
「運賃か。」
今までは自分たちの米を運ぶだけだった。
だが今回は違う。
依頼を受けて荷を運ぶ。
つまり、それ自体が商売になる。
「親父。」
「なんだ。」
「荷車一台で一日いくらかかる?」
源兵衛は指を折りながら数え始めた。
「人足の賃金。」
「馬の餌。」
「車輪の手入れ。」
「合わせて……。」
「百五十文くらいだ。」
「ありがとう。」
俺は帳面へ数字を書き込む。
そこへ庄吉も加わる。
「利益も必要ですよね。」
「もちろん。」
「でも。」
「高すぎても駄目だ。」
商売は、一度だけ儲けても意味がない。
何度も頼まれる値段でなければ続かない。
「運賃は二百文にしよう。」
庄吉が目を丸くする。
「安くないですか?」
「最初だからね。」
「まずは信用を買う。」
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荷車は昼前に出発した。
今回の荷役を任せたのは、新しく入った人足たちだった。
俺はあえて口を出さない。
経験者が新人へ教える。
新人が覚える。
それを見守る。
「若旦那。」
源兵衛が笑う。
「前なら全部お前が走り回ってたな。」
「俺一人じゃ限界があります。」
「店を大きくするなら。」
「任せることも仕事です。」
源兵衛はしみじみ頷いた。
「少し前まで。」
「店を畳むことばかり考えてた。」
「それが今じゃ。」
「人に仕事を任せる話をしてる。」
俺も苦笑した。
人生は分からないものだ。
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三日後。
荷車が戻ってきた。
「若旦那!」
先頭の人足が笑顔で飛び降りる。
「無事に届けてきました!」
「どうだった?」
「向こうの紙問屋さんが驚いてました。」
「約束より一日早いって。」
俺は頷く。
予定より早い。
しかし、急いだわけではない。
道を整備し。
荷役を見直し。
無駄を減らした結果だった。
「これが物流か……。」
庄吉が感心したように呟く。
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夕方。
最初の依頼主が再び山本屋を訪れた。
「ありがとうございました。」
そう言って、小さな包みを差し出す。
「これは?」
「干し柿です。」
「家で作ったものですが。」
「お礼に。」
俺は少し困ってしまった。
「お気持ちだけで十分ですよ。」
「いいえ。」
商人は笑う。
「荷物だけじゃありません。」
「信用も届けてもらいました。」
その言葉は、運賃の二百文より重かった。
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それから数日。
山本屋には少しずつ運送の依頼が増えていった。
酒樽。
反物。
鍛冶屋の鉄。
薬草。
扱う品は様々だった。
庄吉は嬉しい悲鳴を上げる。
「若旦那!」
「帳面が足りません!」
「新しい帳面を買おう。」
「あと。」
「荷札も増やそう。」
「荷札?」
「誰の荷物か。」
「どこへ運ぶか。」
「いつ出発したか。」
「全部書いて結び付ける。」
「間違いがなくなるから。」
庄吉は目を輝かせた。
「便利ですね!」
俺は思わず笑う。
前世では当たり前だった管理方法が、この時代では新しい仕組みになる。
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その夜。
伊三郎が久しぶりに山本屋を訪れた。
「弥助様。」
「久しぶりです。」
「面白い噂を聞きました。」
「どんな?」
伊三郎は声を潜める。
「南の港町で。」
「大きな南蛮船が入港したそうです。」
「南蛮船?」
「はい。」
「絹。」
「砂糖。」
「香辛料。」
「見たこともない品を山ほど積んできたとか。」
俺の心臓が、どくんと鳴った。
南蛮船。
つまり、海外との交易だ。
米だけではない。
物流は、海の向こうへも続いている。
戦国の商いは、いよいよ新しい世界への扉を開こうとしていた。




