第四十話 山本屋の流儀
「若旦那。」
数日後。
庄吉が嬉しそうな顔で帳場へ飛び込んできた。
「来ました!」
「もう来たのか。」
店の前へ出る。
そこには二十人ほどの男たちが並んでいた。
年齢も様々だ。
若い者もいれば、白髪交じりの男もいる。
荷役の経験者。
馬借。
船頭。
元大工。
そして、戦で主を失った浪人までいた。
その先頭には、旅商人・伊三郎が立っている。
「約束どおり、お連れしました。」
俺は一人ひとりの顔を見渡した。
疲れた顔。
警戒した表情。
期待と不安が入り混じっている。
無理もない。
今日から働く店が、どんな場所なのか分からないのだから。
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「まずは中へ。」
店の土間へ全員を案内する。
源兵衛が驚いたように俺を見た。
「弥助。」
「どうする気だ。」
「話をします。」
男たちの前へ立つ。
「俺は山本屋の弥助です。」
「今日から一緒に働いてもらいます。」
誰も口を開かない。
静かな空気が流れる。
「最初に約束を三つします。」
男たちの視線が集まる。
「一つ。」
「働いた分の賃金は、必ず払います。」
何人かが顔を上げた。
「二つ。」
「危険な仕事は、理由を説明します。」
「無理に押しつけません。」
ざわめきが起こる。
「三つ。」
「失敗しても、隠さず報告してください。」
「正直な失敗は、一緒に直します。」
「ですが。」
「隠した失敗だけは許しません。」
部屋は静まり返った。
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一人の男が手を挙げた。
四十代くらいだろうか。
肩幅が広く、日に焼けた腕をしている。
「聞いてもいいか。」
「どうぞ。」
「そんな甘いことを言って。」
「商売になるのか。」
もっともな疑問だった。
俺は頷く。
「なります。」
「なぜだ。」
「隠し事がなくなれば。」
「仕事は速くなります。」
「事故も減ります。」
「荷物も減りません。」
男は腕を組んで考え込む。
「なるほど……。」
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続いて、若い船頭が口を開いた。
「若旦那。」
「何だ。」
「俺たちは。」
「山本屋の人間になるんですか。」
俺は少し笑った。
「違います。」
「え?」
「山本屋で働く仲間です。」
家族でも。
召し使いでもない。
一緒に仕事をする仲間だ。
その言葉に、何人かの表情が少しだけ和らいだ。
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その日の午後。
さっそく仕事が始まった。
俺はわざと経験者と新人を組ませる。
「庄吉。」
「はい。」
「荷車は二人一組。」
「船も必ず二人。」
「分かりました。」
一人だけが仕事を覚えても意味がない。
知識は伝えてこそ価値がある。
それも前世で学んだことだった。
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夕方。
仕事を終えた男たちが道具を片付けている。
そこへ源兵衛が大鍋を運んできた。
「飯だ!」
湯気の立つ雑炊。
漬物。
味噌汁。
豪華ではない。
だが、温かい。
「食ってくれ。」
最初は遠慮していた男たちも、やがて笑顔で箸を伸ばし始めた。
「うまい。」
「久しぶりに腹いっぱい食べた。」
「ああ。」
店先には、笑い声が響いていた。
庄吉が小さく呟く。
「こんな山本屋、初めて見ました。」
俺も同じ気持ちだった。
店というより、一つの居場所になり始めている。
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その夜。
帳場で帳簿を整理していると、源兵衛が隣へ座った。
「弥助。」
「何?」
「人が増えたな。」
「そうだね。」
「正直。」
源兵衛は照れくさそうに笑う。
「最初は反対だった。」
「だが。」
「お前のやり方は間違ってなかった。」
俺は思わず笑ってしまう。
「ありがとう。」
その一言だけで十分だった。
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翌朝。
山本屋の門前に、一台の荷車が止まった。
見知らぬ商人が降りてくる。
「山本屋はこちらですかな。」
「そうですが。」
商人は丁寧に頭を下げた。
「お願いがあります。」
「私どもの荷も、一緒に運んでいただけませんか。」
俺は思わず聞き返した。
「運送の依頼ですか。」
「はい。」
「山本屋なら、必ず期日どおり届けてくださると聞きました。」
その言葉に、庄吉が目を丸くする。
源兵衛も驚きを隠せない。
山本屋は米問屋だった。
だが今、その信用は。
「運んでくれる店」として広まり始めていた。
俺は荷車を見つめながら、小さく笑う。
商売が変わる時というのは、案外こんなものなのかもしれない。
米を売る店から。
荷を運ぶ店へ。
山本屋は、また一歩、新しい姿へ進もうとしていた。




