第三十八話 兵糧を求める三つの旗
「弥助殿、お急ぎください。」
急使に促され、俺はそのまま浅井家の城へ向かった。
道中、馬を走らせながら考える。
政景が急使まで寄越す理由。
しかも、「西の大名家まで動いた」と言っていた。
兵糧不足が、いよいよ一つの領地だけの問題ではなくなっている。
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城へ着くと、いつもの広間とは様子が違っていた。
重臣たちが勢揃いしている。
中央には大きな地図。
その上には、色の違う三本の旗が立てられていた。
「参りました。」
俺が頭を下げると、政景が頷いた。
「待っていた、弥助。」
九兵衛が地図の前へ進み出る。
「まずは見ていただきたい。」
一本目の旗を指した。
「黒川家。」
先日まで兵糧を納めていた相手だ。
「契約どおり、追加の兵糧を求めております。」
予想どおりだった。
次に二本目。
「北の三上家。」
聞いたことのない名だ。
「春先の冷害で収穫が半減。」
「すでに備蓄を切り崩しております。」
そして最後の一本。
九兵衛の表情が少しだけ曇る。
「西の鷹尾家。」
「今年は戦続きで、兵糧庫が空になっております。」
広間が静まり返る。
三つの領地。
どこも兵糧を必要としている。
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「問題は。」
政景が静かに口を開いた。
「山本屋だけでは足りぬことだ。」
その一言に、重臣たちが頷いた。
「いくら山本屋でも。」
「三領すべてへ納める量はない。」
「途中で尽きる。」
誰もがそう考えていた。
だが。
俺は地図から目を離さなかった。
「あります。」
広間の視線が一斉に集まる。
「方法があります。」
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「米が足りないなら。」
「集めればいい。」
重臣の一人が苦笑する。
「簡単に言う。」
「どこにそんな米がある。」
俺は地図へ手を伸ばした。
「あります。」
村。
村。
村。
一つずつ指でなぞる。
「一軒では足りません。」
「ですが。」
「十軒集めれば。」
「百俵になります。」
「百軒なら。」
「千俵です。」
九兵衛が目を見開いた。
「まさか……。」
「はい。」
「小さな余剰米を買い集めます。」
大きな蔵だけを見ていては駄目だ。
戦国の米は、農家にも眠っている。
豪農。
寺。
酒屋。
味噌屋。
どこにも少しずつ備蓄はある。
それを集める。
「なるほど……。」
政景が小さく呟いた。
「小さな流れを。」
「一つの大河にするのか。」
「その通りです。」
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しかし。
一人の家臣が口を開いた。
「そんなことをすれば。」
「買い占めと変わらぬ。」
俺は首を横に振る。
「違います。」
「必要以上には買いません。」
「生活に必要な分は必ず残します。」
「余った分だけを買う。」
「だから恨まれません。」
庄吉なら「適正在庫」と呼ぶだろう。
必要な物まで奪えば、人は離れる。
残すべき物は残す。
それが長く商売を続ける秘訣だ。
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政景は静かに笑った。
「やはり面白い。」
「兵糧を集めるだけではない。」
「民の暮らしまで考えておる。」
俺は少し照れくさくなった。
前世では当たり前だった。
物流とは、物を運ぶだけではない。
生活を止めないこと。
それが本当の役目だった。
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会議が終わろうとした、その時だった。
城門の方から騒ぎ声が聞こえた。
「何事だ。」
家臣が飛び出していく。
ほどなく戻ってきた彼は、険しい表情を浮かべていた。
「殿。」
「旅の商人が参っております。」
「商人?」
「はい。」
「どうしても山本屋の弥助殿に会いたいと。」
俺は首をかしげた。
「私に?」
「それが……。」
家臣は一通の木簡を差し出した。
そこには短く書かれていた。
**『米ではなく、人を売りたい』**
意味が分からない。
人を売る?
俺は木簡を見つめたまま、ゆっくりと息を吐いた。
商売の話であることは間違いない。
だが、この一文の意味だけは、まったく読めなかった。
次々と現れる兵糧の問題。
そして、謎の旅商人。
戦国の物流は、また新たな局面へ進もうとしていた。




