第三十七話 道を造る者たち
「本当にやるのか。」
宗兵衛が帰った後も、源兵衛は半信半疑だった。
「商売敵だぞ。裏切られたらどうする。」
俺は帳簿を閉じる。
「裏切られるかもしれない、でも、だから何もしない方が損です。」
源兵衛は腕を組んだまま唸る。
「道が良くなれば、荷車はもっと走れる。運べる米も増える。それだけで十分、やる価値があります。」
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三日後。
問題の街道へ向かう。
そこにはすでに、大黒屋の人足たちが集まっていた。
荷車が何台も止まり、丸太や砕石が積まれている。
「早かったですね。」
宗兵衛が笑う。
「弥助殿も。」
「商人は時間を無駄にしません。」
互いに笑みを交わす。
その様子を、両家の人足たちは不思議そうに眺めていた。
昨日まで競い合っていた商人同士が、今日は同じ現場で働いている。
誰も経験したことのない光景だった。
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俺は街道をゆっくり歩く。
ぬかるみに足を踏み入れる。
ずぶり、と草履が沈んだ。
「やっぱり深い。」
しゃがみ込み、土を手に取る。
「粘土質ですね。」
宗兵衛も隣へしゃがみ込んだ。
「毎年こうなります。」
「雨が降るたび荷車が埋まる。」
「なるほど。」
俺は周囲を見回した。
街道の両脇は少し高くなっている。
「原因は水です。」
「水?」
庄吉が首をかしげる。
「逃げ場がないんです。」
「だから全部ここへ溜まる。」
俺は木の枝で地面へ線を描いた。
「まず排水路を掘る。」
「その上へ砕石を敷く。」
「最後に丸太で地盤を支える。」
宗兵衛は感心したように頷く。
「道を造る知識まであるとは。」
「前の仕事で少し。」
もちろん、戦国時代の人たちに「物流センターの搬入口工事で学びました」などと言っても伝わらない。
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工事が始まった。
「そこをもっと深く!」
「丸太を並べろ!」
「石を運べ!」
山本屋の人足。
大黒屋の人足。
最初は互いに遠慮していた。
だが。
「そっち持ってくれ!」
「ああ!」
「一、二の三!」
いつしか声を掛け合い、一緒に丸太を運んでいた。
庄吉が笑う。
「若旦那。」
「何だ。」
「敵同士なのに、不思議ですね。」
俺も笑った。
「働く人には敵も味方もないよ。」
「仕事が終われば、それでいい。」
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昼過ぎ。
一人の老人が近づいてきた。
近くの村の村長だった。
「ありがたい……。」
深く頭を下げる。
「ここは毎年荷車が動けなくなる場所でして。」
「村人も困っておりました。」
俺は驚いた。
「村の人も?」
「はい。」
「米だけではありません。」
「薪も。」
「野菜も。」
「病人を運ぶのも。」
「全部この道です。」
その言葉に、俺は改めて実感した。
物流とは商売だけではない。
人の暮らし、そのものだ。
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夕方。
排水路が完成した。
試しに水を流してみる。
濁った水が勢いよく流れていく。
「流れた!」
庄吉が歓声を上げた。
人足たちからも拍手が起こる。
宗兵衛は静かに水の流れを見つめていた。
「弥助殿。」
「はい。」
「わしは長いこと商売をしてきました。」
「ですが。」
「道を造ろうと思ったことは一度もありません。」
俺は笑う。
「道は利益を生みませんから。」
「普通は。」
宗兵衛も笑った。
「しかし。」
「利益を運ぶのは道か。」
「その通りです。」
店は物を作る。
商人は物を売る。
だが、その間をつなぐ道がなければ、すべて止まってしまう。
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その時だった。
一頭の馬が土煙を上げながら街道を駆けてきた。
「急使!」
兵が馬から飛び降りる。
「山本屋の弥助殿はおられるか!」
「俺です。」
兵は息を整える暇もなく叫んだ。
「浅井様より急ぎのお呼び出しです!」
「至急、城へ来られたしとのこと!」
政景からの急な呼び出し。
しかも急使まで使うとは、ただ事ではない。
兵はさらに声を潜めた。
「隣国だけではありません。」
「さらに西の大名家まで動き始めました。」
「兵糧を求めております。」
俺と宗兵衛は顔を見合わせた。
これまでの争いは、一つの領内の話だった。
しかし今、その波は周辺諸国へ広がろうとしている。
兵糧を巡る戦いは、新たな局面へ入りつつあった。




