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転生したら戦国時代の米問屋だった ~武将でも剣豪でもない俺が、兵糧で天下統一を支えます~  作者: 水原伊織


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第三十三話 敵将の器

翌朝。


黒川家の城へ案内された俺は、思わず足を止めた。


「立派な城だ……。」


石垣こそ高くないが、堀は深い。


門には武装した兵が並び、物々しい空気が漂っていた。


「こちらです。」


案内役の侍に続き、俺は城内へ入る。


やがて、一室の襖が静かに開かれた。


「山本弥助殿、お通しします。」


部屋へ足を踏み入れる。


上座には、一人の男が座っていた。


四十代半ばほど。


派手な装いではない。


だが、その場にいるだけで周囲の空気が引き締まる。


この男が――。


黒川家当主、黒川義久。


「初めまして。」


義久が穏やかに口を開く。


「山本弥助殿。」


俺も深く頭を下げた。


「山本屋の弥助です。」


しばらく沈黙が流れる。


互いに相手を見極めるような時間だった。


やがて義久が小さく笑う。


「もっと年寄りかと思っておった。」


「私もです。」


思わず本音が漏れた。


「もっと怖い方かと。」


その一言で、部屋に小さな笑いが広がった。


張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。


---


「まずは礼を言おう。」


義久が頭を下げた。


「兵糧のおかげで、多くの民が救われた。」


「商人として当然の仕事です。」


俺が答えると、義久は首を振った。


「当然ではない。」


「敵国へ米を売る者など、多くはおらぬ。」


その言葉に、俺は静かに答えた。


「飢えた民は敵ではありません。」


「……。」


「敵は国同士でも、腹を空かせた子どもに罪はないでしょう。」


義久は何も言わなかった。


しかし、その目だけがわずかに細められる。


「その考え方。」


「嫌いではない。」


---


しばらく世間話が続いた後。


義久は不意に尋ねた。


「弥助殿。」


「はい。」


「商人とは何だと思う。」


突然の問いだった。


俺は少しだけ考える。


そして答えた。


「物を売る人ではありません。」


「ほう。」


「必要な物を、必要な場所へ届ける人です。」


部屋が静まり返る。


家臣たちも俺を見ている。


「物があっても。」


「届かなければ意味がありません。」


「だから私は。」


「運ぶことが商人の仕事だと思っています。」


義久は静かに頷いた。


「なるほど。」


「だから橋を守り。」


「船を集め。」


「荷車まで直したわけか。」


「はい。」


「全部つながっています。」


物流とは、一つの仕組みだ。


どこか一つ欠ければ、全体が止まる。


だから俺は、一つずつ直してきた。


---


その時だった。


障子の向こうから慌ただしい足音が聞こえた。


「申し上げます!」


家臣が飛び込んでくる。


「何事だ。」


義久が振り向く。


「北の村より急使!」


「山賊が現れました!」


部屋の空気が変わる。


「被害は。」


「兵糧を積んだ荷車三台が襲われました!」


「何だと。」


家臣たちが立ち上がる。


しかし俺は、その報告に違和感を覚えた。


「……おかしい。」


義久がこちらを見る。


「何がおかしい。」


「山賊なら。」


「金を狙います。」


「荷車だけを襲うでしょうか。」


部屋が静まり返る。


俺は地図を借りると、北の村の位置を確認した。


そこは街道から少し外れた山道だった。


「兵糧だけを狙った。」


「つまり。」


「相手は兵糧の流れを知っています。」


九兵衛なら、きっと同じ結論を出しただろう。


これは偶然ではない。


「山賊に見せかけた誰かです。」


義久の目つきが鋭くなる。


「……内通者か。」


俺はゆっくり頷いた。


「荷車がいつ通るか。」


「積み荷が何か。」


「それを知る者がいる。」


ただの山賊ではない。


物流そのものを狙った犯行だった。


---


義久は静かに立ち上がった。


「弥助殿。」


「はい。」


「知恵を貸していただきたい。」


敵国の当主が。


一介の米問屋へ頭を下げる。


俺はその姿を見つめ、小さく息を吐いた。


「分かりました。」


「ただし。」


義久が笑う。


「条件がおありかな。」


「もちろんです。」


俺も笑みを返した。


「商人は、ただでは働きません。」


部屋のあちこちから笑い声が上がる。


だが、その笑いの裏では、新たな戦いが始まろうとしていた。


刀ではなく。


兵糧を巡る、知恵比べが。

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