第三十一話 和睦の条件
「黒川家より、停戦についてお話ししたいとのことです!」
伝令の報告に、広間は静まり返った。
「……和睦だと?」
家老が眉をひそめる。
「ここへ来てか。」
重臣たちも顔を見合わせた。
つい先日まで兵糧を買い占め、国境へ兵を集めていた相手である。
簡単に信じられる話ではない。
政景は静かに俺を見た。
「弥助。」
「其方はどう思う。」
俺は少し考えてから答えた。
「和睦の話は本当でしょう。」
「しかし。」
「条件があります。」
「条件?」
「はい。」
俺は地図を広げた。
「黒川家は米が欲しい。」
「ですが、こちらも余裕はありません。」
「ならば。」
「向こうは別のものを差し出してくるはずです。」
九兵衛が頷く。
「交換、ということですな。」
「ええ。」
商人の世界では当たり前だ。
一方だけが得をする取引は長続きしない。
双方に利益があってこそ、商売は続く。
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二日後。
城の広間。
黒川家から三人の使者が訪れた。
その中央に座るのは、以前山本屋を訪ねてきた若い侍だった。
「またお会いしましたな。」
「ええ。」
互いに軽く頭を下げる。
政景が口を開く。
「停戦とは、本気か。」
「本気にございます。」
使者は迷いなく答えた。
「我が主は、これ以上民を飢えさせたくありませぬ。」
広間が静まり返る。
嘘ではない。
その表情を見れば分かった。
「では条件は。」
家老が問う。
使者は一枚の書状を差し出した。
「兵糧五千俵。」
「その代わり。」
「国境の争いを三年間止めます。」
重臣たちがざわついた。
「五千俵だと?」
「馬鹿な!」
「そんな量を渡せば、こちらが飢える!」
誰もが反対した。
当然だ。
領内にも十分な余裕はない。
政景は何も言わず、俺を見た。
「弥助。」
「はい。」
「申してみよ。」
俺は静かに立ち上がった。
「五千俵は無理です。」
使者が目を細める。
「では、お断りですか。」
「いいえ。」
俺は首を振った。
「売ります。」
「……売る?」
広間の空気が変わる。
「五千俵を一度には渡しません。」
「毎月五百俵ずつ。」
「十か月かけて届けます。」
九兵衛が小さく笑う。
「なるほど。」
「分割か。」
「その代わり。」
俺は使者を真っ直ぐ見つめた。
「代金は先払いです。」
「半分を最初に。」
「残りは半年後。」
「さらに。」
「輸送は山本屋が行います。」
使者は少し驚いた表情を見せた。
「我らの領内まで?」
「はい。」
「届けるまでが商売です。」
前世で嫌というほど聞いた言葉だ。
荷物は発送しただけでは終わらない。
相手へ届いて初めて仕事になる。
「……面白い。」
使者は静かに笑った。
「その条件。」
「持ち帰りましょう。」
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使者たちが帰った後。
家老が深く息を吐いた。
「弥助。」
「なぜ運ぶ役まで引き受けた。」
俺は地図を指差した。
「兵糧を運ぶ。」
「それは道を知ることです。」
「村を知ることです。」
「市場を知ることです。」
政景が頷いた。
「情報、か。」
「はい。」
「商人は品物だけではありません。」
「情報も運びます。」
「どこが豊作か。」
「どこが飢えているか。」
「どの道が使えるか。」
「全部、次の商売につながります。」
九兵衛が苦笑した。
「敵の国まで市場調査とは。」
「さすがですな。」
俺も笑った。
「せっかく行くなら、手ぶらで帰るのはもったいないですから。」
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その夜。
黒川家。
使者は主君へ交渉の結果を報告していた。
「……なるほど。」
黒川家当主・黒川義久は静かに頷いた。
「面白い男だ。」
その隣には、黒羽織の男が立っている。
「殿。」
「山本弥助を侮ってはなりませぬ。」
「分かっておる。」
義久はゆっくり立ち上がった。
「だからこそ。」
窓の外を見つめる。
「一度、会ってみたい。」
その言葉に、黒羽織の男が目を見開く。
敵国の当主が。
一介の米問屋との面会を望んだ。
兵糧を巡る戦いは、ついに国主同士の思惑をも動かし始めていた。




