第三十話 流れは止められない
「川そのものを止める?」
城へ駆け込んできた船頭の報告に、広間がざわついた。
「どういうことだ。」
家老が尋ねる。
船頭は息を切らしながら答えた。
「上流で木を切り倒しております!」
「丸太を川へ落としているようで!」
「このままでは流れが塞がります!」
政景の表情が険しくなる。
「兵糧船は。」
「まだ二隻が上流です!」
「戻れません!」
広間の空気が一気に張り詰めた。
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「弥助。」
政景が俺を見る。
「策はあるか。」
俺は地図を広げた。
川を一本ずつ確認していく。
そして、小さく笑った。
「あります。」
「申せ。」
「敵は、一本しか見ていません。」
重臣たちが首をかしげる。
「一本?」
俺は地図へ指を置いた。
「この本流だけです。」
「ですが。」
指を少し横へ滑らせる。
「支流があります。」
九兵衛の目が見開いた。
「なるほど……!」
「水深は浅いですが。」
「小舟なら通れます。」
「荷は半分になりますが、運べます。」
家老が腕を組んだ。
「しかし。」
「時間が掛かるぞ。」
「だから分けます。」
俺は答えた。
「一隻で二十俵運ぶ必要はありません。」
「十俵ずつ。」
「二隻で運べばいい。」
「一つ止められても、全部は止まりません。」
政景が静かに頷く。
「分散、か。」
「はい。」
「物流で一番危険なのは、一つに頼ることです。」
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その日のうちに、船頭たちは動き始めた。
「若旦那!」
「こっちは支流へ回ります!」
「俺たちは荷を積み替える!」
川岸では慌ただしく荷役が続く。
本流を通れない船は、途中で荷を降ろす。
待機していた小舟へ積み替える。
小舟は支流へ。
下流では、再び大きな船へ積み替える。
手間は掛かる。
だが。
流れは止まらない。
「よし!」
庄吉が汗をぬぐう。
「動いてます!」
「全部じゃない。」
俺は荷札を確認しながら答えた。
「七割だ。」
「七割も動けば十分。」
「兵糧は届く。」
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一方、その頃。
上流では。
黒装束の男が丸太を眺めていた。
川は見事に塞がれている。
「これで終わりだ。」
部下が笑う。
「兵糧船は通れません。」
だが。
見張りが慌てて駆け込んできた。
「親分!」
「何だ。」
「兵糧が……!」
「届いております!」
「何?」
「支流を使われました!」
黒装束の男は目を見開く。
「支流だと……。」
慌てて地図を広げる。
確かに細い川はある。
だが。
「こんな浅瀬を使うとは……。」
完全に予想外だった。
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夕方。
兵糧を待っていた北の村。
船着き場へ、小舟が静かに着いた。
「着いたぞ!」
「米だ!」
村人たちが歓声を上げる。
村長が何度も頭を下げた。
「また助けられました。」
俺は荷揚げの様子を見ながら頷く。
物流は速さだけじゃない。
止まらないこと。
それが一番大事だ。
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夜。
城。
政景は届いた報告書へ目を通していた。
「予定輸送量の七割を確保。」
「遅延は半日。」
家老が感心したように息を吐く。
「これなら戦になっても耐えられますな。」
政景は静かに笑った。
「弥助。」
「はい。」
「其方は兵糧を運んでいるのではない。」
「え?」
「安心を運んでおる。」
思いがけない言葉だった。
俺は少し照れくさくなる。
前世では、そんなことを言われたことはない。
荷物を届けるのが仕事。
そう思っていた。
だが今は違う。
米が届けば、人は生きられる。
兵は戦える。
村は安心できる。
運んでいるのは、米俵だけではないのだ。
その時。
広間の戸が勢いよく開いた。
「殿!」
伝令が飛び込んでくる。
「申し上げます!」
「黒川家より使者が参りました!」
「今度は何だ。」
政景が問う。
伝令は息を整え、はっきりと言った。
「黒川家当主より――」
「停戦について、お話ししたいとのことです。」
広間が静まり返る。
戦が始まると思われた矢先。
敵から届いたのは、意外にも「和睦」の申し出だった。
しかし俺は、その報告を聞いても安心できなかった。
商人は知っている。
本当に怖い交渉は、刀を抜く前ではなく――。
刀を鞘に収めた後に始まることを。




