第二十七話 荷車一台の価値
「ただの車大工よ。」
老人は荷車へ歩み寄ると、車輪を軽く蹴った。
ゴトッ。
鈍い音が響く。
「……重いのう。」
庄吉が首をかしげる。
「荷車なんて、こんなものじゃありませんか?」
「こんなものだから困るんじゃ。」
老人はしゃがみ込み、車輪の軸へ手を当てた。
「ほれ。」
指で軽く回す。
ギギギ……。
軋む音を立てながら、ゆっくりと止まった。
「軸が擦れとる。」
「油も切れとる。」
「これでは牛も馬も余計な力を使う。」
俺も横にしゃがみ込んだ。
確かに前世でも、フォークリフトや台車は整備状態で作業効率が大きく変わった。
車輪が重いだけで、人も動物も無駄な力を使う。
「親方。」
「何じゃ?」
「直せますか。」
老人はニヤリと笑った。
「半日くれ。」
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翌朝。
店先には、改良された荷車が置かれていた。
見た目はほとんど変わらない。
だが、老人は自信満々だった。
「庄吉。」
「押してみい。」
「はい。」
庄吉が荷車へ手を掛ける。
軽く押す。
すると。
「えっ?」
荷車はするすると前へ進んだ。
「あれ?」
「軽い!」
もう一度押す。
今度は荷を積んだ状態だ。
それでも以前より明らかに軽い。
源兵衛も目を丸くした。
「同じ荷車とは思えねえ。」
老人は胸を張る。
「軸を削り直した。」
「油も塗った。」
「車輪の歪みも直した。」
「それだけじゃ。」
俺は思わず笑った。
「それだけで十分です。」
前世でもそうだった。
最新設備より、日々の整備の方が効果を出すことは珍しくない。
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その日の午後。
試験輸送が始まった。
荷車には米俵が二十俵。
いつもと同じ量だ。
馬が歩き出す。
庄吉が横で目を見張った。
「速い……。」
「馬が疲れてません!」
御者も驚いていた。
「坂道でも止まらねえ!」
老人は腕を組みながら笑う。
「馬も生き物じゃ。」
「楽なら、よく働く。」
俺は頷いた。
「荷車一台が少し速くなる。」
「それだけなら大したことはない。」
「でも。」
庄吉が続きを待つ。
「十台。」
「百台。」
「全部が少しずつ速くなれば。」
「運べる米は何倍にもなる。」
それが物流だ。
小さな改善を積み重ねる。
派手さはない。
だが、一番強い。
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その頃。
大黒屋の支店では。
番頭が慌ただしく駆け込んでいた。
「旦那!」
黒羽織の男が顔を上げる。
「何だ。」
「山本屋ですが……。」
「今度は荷車を改良しております!」
「荷車?」
「輸送速度が上がったと。」
男は少しだけ笑った。
「今度は荷車か。」
番頭は困惑している。
「米を買わず。」
「橋も守り。」
「船も使い。」
「荷車まで改良しております。」
「何を考えているのでしょう。」
黒羽織の男は静かに湯飲みを置いた。
「簡単だ。」
「奴は戦っていない。」
「仕組みを作っている。」
その言葉に番頭は息を呑む。
「仕組みは、一度できれば簡単には壊れん。」
「……厄介な相手ですな。」
「だからこそ。」
男は静かに立ち上がった。
「今のうちに潰す。」
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その夜。
山本屋。
一日の仕事を終えた俺は、帳場で帳簿を開いていた。
庄吉が嬉しそうに報告する。
「若旦那!」
「今日だけで三往復も増えました!」
「荷車の修理代は?」
「もう元が取れます!」
数字は嘘をつかない。
輸送量は確実に増えている。
利益も伸びる。
兵糧も早く届く。
その時。
店の戸を叩く音が響いた。
コン、コン。
もう日が暮れている。
客の来る時間ではない。
「どちら様ですか?」
庄吉が戸を開ける。
そこに立っていたのは、一人の若い侍だった。
腰には二本差し。
しかし着物は旅装束。
「山本弥助殿。」
「私にございます。」
「私は、黒川家の使い。」
店の空気が、一瞬で凍りついた。
敵国の使者が。
自ら山本屋を訪ねてきたのである。




