第二十六話 米を買う者、運ぶ者
「黒川家が米を買い集めております!」
その報告に、広間はざわめいた。
「やはり戦支度か……。」
家老が低く呟く。
重臣の一人が地図を叩いた。
「こちらも急いで買い集めましょう!」
「他国へ渡る前に、すべて押さえるのです!」
何人もの重臣が賛同する。
しかし、俺は静かに首を横へ振った。
「それでは遅いです。」
「何?」
家老が眉をひそめる。
「買い負けます。」
「敵は豪商・大黒屋を抱えています。」
「資金力では勝てません。」
広間が静まり返る。
それは誰もが分かっていた現実だった。
町の米問屋と、西国屈指の豪商。
正面から札束で殴り合えば、勝負にならない。
政景が腕を組む。
「では、どうする。」
俺は地図を広げた。
「米ではなく、人を押さえます。」
「……人?」
「運ぶ人です。」
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翌日。
俺は庄吉と共に城下町を歩いていた。
向かった先は米市場ではない。
荷役人足が集まる広場だった。
荷車引き。
馬借。
船頭。
荷運びを生業とする者たちが、朝から仕事を待っている。
「若旦那。」
庄吉が小声で尋ねる。
「米じゃなくて、本当にいいんですか?」
「ああ。」
俺は頷いた。
「米は、一人じゃ動かない。」
「必ず誰かが運ぶ。」
それが物流だ。
どれだけ米を買い占めても、運べなければ意味がない。
俺は広場の中央へ歩み出た。
「皆さん。」
視線が集まる。
「山本屋です。」
「今日は仕事の話があります。」
ざわめきが広がる。
「兵糧輸送を手伝ってください。」
「期間中の仕事は、山本屋が優先的にお願いします。」
「賃金も、必ずその日のうちに払います。」
一人の馬借が手を挙げた。
「本当か?」
「もちろんです。」
「遅れません。」
「約束します。」
その一言で、空気が変わった。
日雇い仕事では、支払いが遅れることも珍しくない。
だからこそ、「その日のうちに払う」という約束は大きかった。
「俺はやる!」
「こっちもだ!」
「船なら任せろ!」
次々と声が上がる。
庄吉は驚いた顔で俺を見た。
「あっという間ですね……。」
「人は信用で動く。」
俺は静かに答えた。
「金額だけじゃない。」
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その頃。
大黒屋の支店。
黒羽織の男は、番頭から報告を受けていた。
「申し訳ございません。」
「何だ。」
「人足が集まりません。」
男の眉がぴくりと動く。
「集まらん?」
「山本屋が先に契約しております。」
「馬借も。」
「船頭も。」
「荷車引きもです。」
黒羽織の男はゆっくり目を閉じた。
「なるほど。」
「そう来たか。」
米は買える。
金もある。
だが。
運ぶ者がいない。
「兵糧は蔵に積んであるだけでは意味がない。」
男は小さく笑った。
「面白い。」
「米問屋らしい戦いだ。」
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夕刻。
山本屋の店先。
庄吉が帳面を抱えながら駆け寄ってきた。
「若旦那!」
「どうした?」
「契約した人足ですが……。」
「もう五十人を超えました!」
「馬借は十五組。」
「船頭は十八人です!」
予想以上だった。
俺は帳面を受け取り、静かに頷く。
「これでいい。」
「え?」
「敵は米を持っている。」
「俺たちは運ぶ力を持っている。」
物流で一番重要なのは、物ではない。
物を届ける仕組みだ。
その時だった。
一人の老人が店先へ現れた。
腰は曲がっている。
だが、その目だけは鋭かった。
「若いの。」
老人は俺を見つめる。
「人を集めるのは上手いようじゃな。」
「ありがとうございます。」
「じゃが。」
老人は不敵に笑った。
「荷を運ぶ道具が足りておらん。」
「道具?」
「荷車じゃ。」
その一言で、俺は思わず目を見開いた。
人は集めた。
船もある。
だが――。
荷車の数までは、考えていなかった。
物流は、一つ揃えば終わりではない。
すべてが噛み合って、初めて動き出すのだ。
俺は老人へ深く頭を下げた。
「教えてください。」
「あなたは、何者なんですか。」
老人は静かに笑う。
「ただの車大工よ。」
「少しばかり、荷車を作ってきただけじゃ。」
新たな出会いが、山本屋の物流をさらに大きく変えようとしていた。




