第二十四話 銀より重いもの
船頭が差し出した包み。
中には、ずっしりとした銀が入っていた。
「兵糧船の出る日を教えてくれ、と。」
その言葉に、その場の空気が重くなる。
庄吉が銀を見つめた。
「……結構な額ですね。」
「一家が半年は暮らせる。」
源兵衛も険しい顔になる。
「こんな金を配って歩いてるのか。」
俺は包みを閉じた。
敵は本気だ。
橋を壊し。
蔵へ火を放ち。
今度は人の心を買おうとしている。
「若旦那。」
船頭が申し訳なさそうに頭を下げた。
「仲間にも声を掛けてるかもしれません。」
「分かってる。」
俺は責めるつもりはなかった。
金に困っている者もいる。
家族を養わなければならない者もいる。
銀を前に心が揺れるのは、決して珍しいことではない。
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その日の午後。
俺は船頭たちを船着き場へ集めた。
十数人の船頭が顔をそろえる。
皆、どこか落ち着かない様子だった。
きっと同じように声を掛けられた者もいるのだろう。
「みんな。」
俺は一人ひとりの顔を見回した。
「昨夜、銀を渡された者はいるか。」
静まり返る。
やがて。
一人。
また一人。
恐る恐る手が上がる。
全部で五人。
庄吉が驚いた顔をした。
「そんなに……。」
船頭たちは気まずそうに俯いている。
俺は怒らなかった。
「正直に言ってくれてありがとう。」
その一言に、皆が顔を上げた。
「銀を受け取ったことは責めない。」
「大事なのは、その後どうしたかだ。」
最初に銀を持ってきた年長の船頭が頷く。
「仲間を売る気はありません。」
「俺たちも同じです。」
他の船頭たちも続いた。
包みが次々と俺の前へ置かれる。
敵が配った銀だ。
「若旦那。」
若い船頭が口を開く。
「この銀、どうします。」
俺は少し考えてから笑った。
「返そう。」
「返す?」
皆が目を丸くする。
「敵は、銀で人は買えると思ってる。」
「だったら教えてやろう。」
「この川の船頭は、そんな安い人間じゃないって。」
船頭たちの表情が少しずつ明るくなっていく。
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翌日。
夜更け。
例の黒装束の男が、約束の場所へ現れた。
「返事を聞きに来た。」
しかし。
そこに待っていたのは、一人の船頭だけではなかった。
十数人の船頭が並んでいた。
「……何の真似だ。」
黒装束の男が眉をひそめる。
年長の船頭が一歩前へ出る。
「これを返す。」
銀の包みを差し出した。
「何?」
「俺たちは川で飯を食ってる。」
「川を汚す真似はしねえ。」
黒装束の男の顔がわずかに引きつる。
「足りないなら、もっと出そう。」
「違う。」
船頭は首を振った。
「金の問題じゃねえ。」
「仲間を裏切って食う飯は、うまくねえんだ。」
黒装束の男は銀を受け取ることもなく、その場を立ち去った。
その背中を、船頭たちは黙って見送った。
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翌朝。
その報告を受けた俺は、小さく息を吐いた。
「ありがとう。」
年長の船頭は照れくさそうに頭を掻く。
「若旦那が俺たちを信じてくれたからですよ。」
「疑われてたら、こんな気にはならなかった。」
その言葉に、俺は少しだけ前世を思い出した。
物流会社でも同じだった。
管理だけでは、人は動かない。
最後に現場を支えるのは、人と人との信頼だった。
その時。
一羽の早馬が、砂煙を上げながら船着き場へ飛び込んできた。
「弥助殿!」
馬上の武士が叫ぶ。
「殿より急使です!」
「どうした。」
武士は馬を降りると、一通の書状を差し出した。
「西の国境にて、大軍が動いております!」
「敵将は兵を集め始めました!」
「殿より、直ちに登城せよとのことです!」
俺は書状を握り締める。
ついに来た。
これまでは商人同士の戦いだった。
だが、これからは違う。
兵が動けば、兵糧も動く。
そして兵糧が動けば――。
俺の出番だった。




