第二十三話 川の番人
「街道だけが道じゃない。」
俺の言葉に、村長は何度も頷いた。
「まさか船で兵糧が届くとは……。」
「昔は木材を流していた川です。」
若い漁師が笑う。
「今じゃ誰も使ってませんでしたが。」
俺は川を眺めた。
流れは穏やかだ。
幅も十分ある。
荷船を通すには申し分ない。
「庄吉。」
「はい。」
「この川を使える船頭は何人いる?」
庄吉は指を折って数え始める。
「この村で三人。」
「下流の村にも四、五人はいると思います。」
「なるほど。」
人はいる。
船もある。
足りないのは、それらをまとめる仕組みだけだ。
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城へ戻ると、さっそく政景へ報告した。
「村への輸送は無事に終わりました。」
「うむ。」
「それで終わりではありません。」
俺は地図を広げる。
「この川を正式な兵糧路にしたいんです。」
家老が目を丸くした。
「正式な兵糧路?」
「はい。」
俺は川沿いの村々を指差す。
「船頭。」
「漁師。」
「川岸の荷揚げ場。」
「全部を一つの仕組みにします。」
政景が静かに頷く。
「続けよ。」
「各村に見張り役を置きます。」
「荷船が通った時刻も記録する。」
「もし予定より遅れたら、次の村へ知らせる。」
九兵衛が感心したように笑う。
「荷の居場所が分かるわけですか。」
「そうです。」
「どこで止まったか分かれば、すぐ動けます。」
前世では当たり前だった。
だが、この時代にはない発想だ。
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数日後。
川沿いの小さな船着き場。
「若旦那!」
庄吉が駆け寄ってきた。
「船頭衆が集まりました!」
そこには十人ほどの男たちが並んでいた。
日焼けした顔。
太い腕。
長年、川で暮らしてきた者たちだ。
「話は聞いてる。」
年長の船頭が一歩前へ出る。
「兵糧を運べばいいんだな?」
「お願いします。」
俺は頭を下げた。
「ただ運ぶだけじゃありません。」
船頭たちは顔を見合わせる。
「この川を守ってほしいんです。」
「守る?」
「怪しい船。」
「見慣れない人間。」
「流木で道を塞ぐ者。」
「何でも構いません。」
「気付いたことは、すぐ知らせてください。」
船頭たちは少し驚いたようだった。
「戦う必要はありません。」
「知らせるだけで十分です。」
年長の船頭が笑った。
「それなら俺たちにもできる。」
「川は俺たちの庭だからな。」
「ありがとうございます。」
これで川にも目ができた。
物流は荷物だけではない。
情報もまた運ぶものだ。
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その夜。
川を見下ろす小高い丘。
二つの人影が立っていた。
「なるほど。」
黒羽織の男が静かに呟く。
「街道が駄目なら川か。」
その隣には、見覚えのある男がいた。
放火犯へ偽の帳簿を渡した黒装束の男だ。
「いかがいたします。」
黒羽織の男は小さく笑う。
「面白い。」
「では、川も止めよう。」
「船を襲いますか。」
「違う。」
男は首を振った。
「船を沈めても、また造られる。」
「もっと効率のいい方法がある。」
黒装束の男が息を呑む。
「船頭を買収する。」
その一言に、夜風が静かに吹き抜けた。
「荷がどこへ向かうか。」
「いつ出るか。」
「誰が運ぶか。」
「それを知るだけで物流は止められる。」
黒羽織の男は不敵に笑う。
「人を壊す方が、物を壊すより安い。」
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翌朝。
山本屋へ、一人の船頭がやって来た。
顔色が悪い。
「若旦那……。」
「どうした?」
船頭は周囲を気にしながら、小さな包みを差し出した。
中には銀が入っていた。
「昨夜……。」
「知らない男から渡されました。」
「兵糧船の出る日を教えてくれ、と。」
俺は銀を見つめる。
敵が動いた。
橋でもない。
荷車でもない。
今度は、人の心を狙ってきた。
俺は静かに包みを閉じた。
「ありがとう。」
「正直に持ってきてくれて。」
船頭は頭を下げる。
「川で飯を食ってきました。」
「仲間を売る真似はしたくありません。」
その言葉に、俺は小さく笑った。
物流を支えるのは、米でも船でもない。
最後は、人だ。
そして――。
その人を信じることもまた、兵站を守るために欠かせないのだった。




