第二十一話 兵糧方見習い
翌朝。
山本屋へ、一人の武士がやって来た。
「山本弥助殿。」
「はい。」
「殿がお呼びです。」
源兵衛が慌てて店先へ飛び出す。
「ま、また城ですか?」
武士は静かに頷いた。
「急ぎとのこと。」
俺は父へ声を掛ける。
「行ってくる。」
「気を付けろよ。」
父の顔には、不安よりも期待の色が浮かんでいた。
ほんの少し前まで、潰れかけの米問屋だった山本屋。
それが今では、城から何度も呼ばれるようになっている。
不思議なものだ。
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城へ着くと、すぐに広間へ通された。
城主・浅井政景の前には、家老をはじめ重臣たちが並んでいる。
そして、その隣には九兵衛の姿もあった。
「参りました。」
俺が頭を下げると、政景は穏やかに頷いた。
「待っておった。」
「弥助。」
「其方のおかげで、敵の狙いが見えてきた。」
「ありがたいお言葉です。」
「だが。」
政景の表情が引き締まる。
「問題は山積みだ。」
そう言うと、一枚の地図を広げた。
街道。
村。
川。
そして兵糧蔵。
領内全体が細かく描かれている。
「見てみよ。」
俺は地図へ目を落とした。
すぐに違和感を覚える。
「蔵が少ない……。」
思わず口にした。
政景が頷く。
「やはり分かるか。」
家老が説明を続ける。
「兵糧は城へ集めておる。」
「だが、一か所へ集める以上、狙われれば終わりだ。」
その言葉で理解した。
現代で言う「一極集中」だ。
便利だが、弱い。
一度止まれば、すべてが止まる。
「殿。」
俺は地図を指差した。
「蔵を分散しましょう。」
「分散?」
「村ごとに小さな備蓄蔵を作るんです。」
重臣の一人が首を傾げる。
「そんな小さな蔵で何になる。」
「十分です。」
俺は静かに答える。
「全部を守るのは難しい。」
「ですが、十あるうちの一つを失っても、残り九つは動きます。」
「それが物流です。」
九兵衛が腕を組み、静かに笑った。
「止まらない仕組み、ですか。」
「ええ。」
「物は、人より正直です。」
「流れる道があれば流れます。」
「道が一つなら止まります。」
政景はしばらく考え込み、やがて立ち上がった。
「決めた。」
広間の空気が張り詰める。
「弥助。」
「はい。」
「其方を兵糧方見習いに任ずる。」
思わず顔を上げた。
兵糧方。
城の兵糧を管理する役目だ。
町人の俺には縁のない役職だと思っていた。
重臣たちもざわついている。
「殿。」
一人が口を開く。
「町人を兵糧方に?」
「見習いだ。」
政景はきっぱりと言った。
「身分ではなく、才を用いる。」
「それが今の我らに必要だ。」
誰も反論できなかった。
俺は静かに頭を下げる。
「力を尽くします。」
政景は満足そうに頷いた。
「まず最初の仕事だ。」
家老が新たな地図を広げる。
そこには北の山間にある小さな村が記されていた。
「この村へ兵糧を届けてもらいたい。」
「飢えが始まっている。」
「街道は狭く、荷車も通りにくい。」
「しかも近頃は野盗も出る。」
重臣たちは難しい顔をしている。
簡単な仕事ではないらしい。
俺は地図を見つめた。
川。
山道。
村までの距離。
頭の中で自然と物流ルートを組み立てる。
やがて、小さく笑った。
「荷車では行きません。」
広間が静まり返る。
「では、どうする。」
政景が尋ねる。
俺は地図の川を指差した。
「川を使います。」
その一言で、九兵衛の目が大きく見開かれた。
「……なるほど。」
誰も考えなかった新しい輸送方法。
弥助の次の勝負は、街道ではなく――川から始まろうとしていた。




