第十八話 囮の荷車
「本隊は動かさないでください!」
俺の声に、その場の全員が振り返った。
「弥助。」
城主・浅井政景が鋭い視線を向ける。
「理由を申せ。」
俺は地図の上に指を置いた。
「北の山道です。」
一本の街道をなぞる。
「ここで二台だけ襲われた。」
「うむ。」
「ですが、越後屋の商隊は三十台近くあります。」
九兵衛も静かに頷いた。
「その通りです。」
「二台だけを狙う意味がありません。」
重臣の一人が眉をひそめる。
「では何が言いたい。」
「敵は米を奪うつもりじゃない。」
俺はきっぱりと言った。
「護衛を引き離したいんです。」
広間が静まり返る。
「二台を追わせれば、本隊は手薄になる。」
「そこで本命を襲う。」
政景は腕を組んだ。
「なるほど。」
九兵衛が静かに笑う。
「私も同じ考えです。」
初めてだった。
俺と九兵衛の意見が完全に一致した。
「殿。」
九兵衛が一歩前へ出る。
「お願いがございます。」
「申せ。」
「二台は捨ててください。」
重臣たちがどよめく。
「何だと!」
「米を見捨てろと言うのか!」
九兵衛は落ち着いたままだ。
「二台を助けに向かえば、本隊を失います。」
「商人は損を恐れて全てを失う。」
「それだけは避けねばなりません。」
俺は思わず感心した。
この男、本当に頭が切れる。
利益だけではない。
損切りまで理解している。
「俺も賛成です。」
俺が言うと、政景はゆっくり頷いた。
「よし。」
「兵は本隊の護衛を優先する。」
命令が飛ぶ。
武士たちが一斉に動き始めた。
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その日の夕刻。
知らせが届いた。
「申し上げます!」
「本隊、無事に関所へ到着!」
広間に安堵が広がる。
続けて報告が入る。
「襲われた二台ですが……」
「荷車だけを奪われました!」
俺は静かに目を閉じた。
やはり。
敵の狙いは最初からそこだった。
二台は囮。
本命は三十台だった。
もし兵を全て動かしていたら。
被害は比べ物にならなかっただろう。
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夜。
城下町の宿。
九兵衛と向かい合って座っていた。
卓の上には湯飲みが二つ。
「助かりました。」
九兵衛が静かに頭を下げる。
「あなたのおかげです。」
「いや。」
俺は首を振った。
「九兵衛さんも最初から気付いていたでしょう。」
九兵衛は苦笑する。
「ええ。」
「ですが、殿を説得できたかどうか。」
しばらく沈黙が流れる。
やがて九兵衛が口を開いた。
「弥助殿。」
「はい。」
「あなたは物流をどこで学ばれたのです。」
少し困った。
前世の話などできるわけがない。
「親父の店ですよ。」
曖昧に笑って答える。
「そうですか。」
九兵衛も深くは聞かなかった。
商人には、それぞれ秘密がある。
それを知っているのだろう。
「一つだけ。」
九兵衛は真剣な表情になった。
「気を付けてください。」
「何をです。」
「敵は野盗ではありません。」
俺は頷く。
「分かっています。」
「もっと大きな相手です。」
九兵衛は窓の外を見た。
「商人です。」
その一言は重かった。
「しかも。」
「一人ではありません。」
俺は思わず顔を上げた。
「どういう意味ですか。」
九兵衛は静かに湯飲みを置く。
「この辺り一帯の米相場を動かそうとしている者たちがいます。」
「複数の商家が手を組んでいる。」
「そのための下準備が、橋を落とし、街道を塞ぐことだったのでしょう。」
背筋が冷たくなる。
個人ではない。
組織だ。
物流を止め、市場を混乱させ、米価を操る。
そんな相手がいるというのか。
その時だった。
宿の障子が勢いよく開いた。
「若旦那!」
庄吉だった。
息を切らしながら叫ぶ。
「大変です!」
「山本屋の蔵に……!」
「何だ!」
「火が!」
「火が出ました!」
俺と九兵衛は同時に立ち上がった。
敵はついに。
街道ではなく――。
俺たちの蔵を狙ってきた。




