第十七話 商人の勝負
「すべて私どもの荷です。」
九兵衛の言葉に、その場の空気が変わった。
二十台を超える荷車。
積まれた米俵の数は、おそらく千石近い。
源兵衛が思わず呟く。
「……こんな量、見たことがねえ。」
俺も同感だった。
前世の感覚なら大型トラック数十台分。
この時代で、一つの商家が動かせる規模ではない。
「さすが越後屋。」
城主・浅井政景が感心したように頷く。
「見事な商隊だ。」
「恐れ入ります。」
九兵衛は静かに頭を下げた。
その所作に無駄がない。
成功した商人特有の余裕があった。
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「ところで。」
九兵衛が俺を見た。
「弥助殿。」
「はい。」
「少し、お知恵を借りてもよろしいですかな。」
俺は首を傾げる。
「知恵ですか。」
「ええ。」
九兵衛は一台の荷車へ歩いていく。
「この荷車。」
「あと俵を五つ積めると思われますか。」
武士たちは顔を見合わせた。
源兵衛も困った顔をする。
「見ただけじゃ分からねえ……」
だが。
俺は荷車を一周した。
車輪。
車軸。
馬。
縄の張り。
そして荷の積み方。
一通り見終えると答えた。
「積めます。」
九兵衛が微笑む。
「やはり。」
「ですが。」
俺は続けた。
「積まない方がいい。」
「理由は。」
「車軸が保ちません。」
九兵衛の眉がわずかに動いた。
「今は問題なくても。」
「帰り道で折れます。」
「特に山道なら。」
沈黙。
そして。
「見事。」
九兵衛は深々と頭を下げた。
「そこまで見抜かれるとは。」
武士たちから感嘆の声が漏れる。
源兵衛は誇らしそうに笑っていた。
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「では。」
今度は俺が尋ねる。
「一つ聞いてもいいですか。」
「もちろん。」
「橋が落ちたと聞いても、この量を運んできた理由は。」
九兵衛は少しだけ空を見上げた。
「商機だからです。」
即答だった。
「橋が落ちれば、多くの商人は動きを止めます。」
「ですが。」
「止まった時こそ利益は生まれる。」
俺は思わず笑った。
考え方が似ている。
危機の時ほど動く。
それは俺も同じだった。
「ですが。」
九兵衛が続ける。
「利益だけではありません。」
「?」
「米を届けなければ、人が死にます。」
その言葉に、俺は少し驚いた。
もっと冷徹な人物だと思っていた。
「商人は儲けるだけではない。」
「物を届ける者です。」
九兵衛は静かに言う。
「物が止まれば、人も止まる。」
俺は自然と頷いていた。
敵だと思っていた。
だが違う。
この男もまた、自分なりの信念を持っている。
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その時だった。
「申し上げます!」
関所へ一人の足軽が駆け込んできた。
「何事だ。」
城主が声を上げる。
「北の山道にて!」
「越後屋の荷車が襲われました!」
九兵衛の表情が初めて変わった。
「被害は。」
「護衛が応戦しております!」
「ですが荷車二台が取り残されました!」
周囲が慌ただしくなる。
武士たちはすぐに出陣の準備を始めた。
俺は静かに地図を見つめる。
北の山道。
二台だけ。
……おかしい。
「弥助?」
源兵衛が振り返る。
俺はゆっくり顔を上げた。
「これは襲撃じゃない。」
「え?」
「誘いだ。」
九兵衛も俺を見た。
「同じ考えですか。」
俺は頷く。
敵の狙いは米ではない。
荷車二台を囮にして、護衛を引き離す。
本命は別にある。
「代官様!」
俺は大きな声で叫んだ。
「兵を二つに分けてください!」
「本隊は動かさないで!」
「本命は、まだ動いていません!」
その言葉に、政景の目が鋭く光った。
戦うのは武士。
だが、戦場を読むのは兵法だけではない。
物流を知る者にも、見える戦いがあった。




