第十六話 越後屋の主人
「北の関所に商人が到着しております!」
報告を受けた城主・浅井政景は、すぐに立ち上がった。
「弥助。」
「はい。」
「其方も来い。」
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関所へ着くと、一団の荷車が整然と並んでいた。
十数台。
どの荷車も泥一つ目立たない。
馬はよく手入れされ、人足の足並みも揃っている。
思わず感心した。
「統率されてるな……」
俺が呟くと、隣の源兵衛も頷いた。
「ああ。普通の商隊じゃねえ。」
荷車の横には、一人の男が立っていた。
三十代半ばほど。
紺色の羽織。
派手さはない。
だが、その立ち姿には妙な余裕があった。
男はこちらを見ると、静かに一礼した。
「初めまして。」
落ち着いた声だった。
「私は越後屋の主人、九兵衛と申します。」
「越後屋……」
源兵衛が小さく息を呑む。
「知っているのか。」
政景が尋ねる。
「噂だけですが……」
源兵衛は顔をしかめた。
「隣国じゃ名の知れた米商人です。」
九兵衛は穏やかに笑う。
「噂になるほどではありません。」
「ただ、米を運ぶのが少し得意なだけです。」
その言葉に、俺は違和感を覚えた。
運ぶのが得意。
普通の商人なら「売る」と言う。
この男は違う。
物流を理解している。
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「こちらの領も苦労していると聞きまして。」
九兵衛はそう言うと、一枚の書状を差し出した。
「米をお譲りしたく参りました。」
重臣たちがざわつく。
「ありがたい話ではないか。」
「これで備蓄も増える。」
しかし俺は黙って荷車を見ていた。
何かがおかしい。
「見ても?」
俺が尋ねると、九兵衛は笑顔で頷いた。
「どうぞ。」
荷車へ近づく。
俵を軽く叩く。
縄を見る。
車輪を見る。
そして。
「……」
俺は荷車の幅を測るように目を細めた。
「どうされました?」
九兵衛が尋ねる。
「この荷車。」
「ええ。」
「車輪が細いですね。」
その瞬間だった。
九兵衛の笑顔が、ほんのわずかだけ止まった。
「よくお気付きで。」
やはり。
普通の荷車ではない。
「普通より細い車輪なら。」
俺は静かに言う。
「ぬかるみには弱い。」
「ですが街道では速い。」
九兵衛は少しだけ笑みを深くした。
「お見事。」
「そこまで見抜く方とは思いませんでした。」
政景が興味深そうに俺たちを見る。
「何が違う。」
俺は説明した。
「細い車輪は抵抗が少ないので速く進めます。」
「ただし、重い荷には向きません。」
「道も選びます。」
九兵衛が続ける。
「その通り。」
「私は速度を重視しております。」
「一刻でも早く届けるために。」
俺は頷いた。
考え方は悪くない。
むしろ合理的だ。
だが。
「私は逆です。」
九兵衛が目を細める。
「ほう。」
「多少遅くても止まらない荷車を選びます。」
「……」
「速くても、一度止まれば終わりですから。」
しばらく沈黙が流れた。
やがて九兵衛は、小さく笑った。
「面白い。」
「まさか、この領に同じ景色を見る方がおられるとは。」
敵意はない。
だが友好とも違う。
商人同士の探り合いだった。
その時、一人の番兵が駆け寄ってきた。
「申し上げます!」
「何だ。」
「南街道ですが、橋の仮復旧が終わりました!」
政景が頷く。
「ご苦労。」
しかし番兵は続けた。
「ですが……」
「どうした。」
「橋の向こうに、さらに二十台ほど荷車が待機しております!」
その場が静まり返る。
二十台。
九兵衛の商隊は十数台。
では残りは。
俺はゆっくり九兵衛を見た。
九兵衛は穏やかな笑みを浮かべたまま答える。
「ええ。」
「すべて私どもの荷です。」
源兵衛が息を呑む。
町一つの米問屋では、とても用意できる量ではない。
この男は。
俺たちとは比べものにならない規模で、米を動かしている。
俺は静かに息を吐いた。
ようやく現れた。
本当の意味で、商売のライバルが。




