第十四話 守るべきは荷車
「北街道で兵糧が襲われました!」
武士の報告に、城内が騒然となる。
重臣の一人が立ち上がった。
「殿! すぐに兵を!」
「野盗など討ち果たせば済みます!」
次々と声が上がる。
だが、城主・浅井政景は腕を組んだまま黙っていた。
「弥助」
やがて静かに口を開く。
「其方はどう思う」
部屋中の視線が俺に集まった。
俺は少し考え、答える。
「兵を出すのは賛成です」
重臣たちが頷く。
当然の答えだと思ったのだろう。
だが俺は続けた。
「ですが、それだけでは解決しません」
「何?」
一人の重臣が眉をひそめた。
「野盗を一組倒しても、また別の野盗が現れます」
戦国時代だ。
飢えた者は山へ入り、盗賊になる。
根本は米不足。
そこを変えない限り終わらない。
「では、どうする」
城主が尋ねる。
俺は広間の中央へ歩き、床に指で線を引いた。
「荷車は一本道を通っています」
一本の線。
「だから狙われます」
さらに何本か線を増やす。
「道を分けます」
「分ける?」
「一度に三十俵運ぶのではなく」
「十俵を三組に分ける」
重臣たちが図を覗き込む。
「三方向から運ぶんです」
「野盗はどれを狙えばいいか分からなくなります」
一人が腕を組む。
「しかし護衛は」
「護衛も分けます」
「少人数でも十分です」
「全部を守ろうとするから兵が足りなくなるんです」
部屋が静かになった。
俺は続ける。
「それと」
「荷車を毎回同じ時間に出さない」
「日によって時間を変える」
「道も変える」
「積む量も変える」
政景がゆっくり頷く。
「読ませぬ、ということか」
「はい」
相手に予測させない。
物流も戦も同じだ。
決まった動きをすれば狙われる。
「なるほど……」
重臣たちも感心したように頷いている。
その時だった。
「申し上げます!」
再び武士が駆け込んできた。
「何事だ」
「北街道から戻った者です!」
武士は息を切らしながら報告する。
「襲われた荷車ですが……」
「米は奪われておりません!」
「何?」
城主が目を見開く。
「荷車だけ壊されております!」
その場にいた全員が驚いた。
米ではない。
荷車だけ。
俺は思わず息を吐いた。
そういうことか。
「弥助」
政景が鋭い目を向ける。
「何が分かった」
俺は静かに答えた。
「敵の狙いは兵糧ではありません」
「……」
「物流です」
部屋が静まり返る。
「荷車を壊せば、米は運べない。」
「米が運べなければ、町は飢える。」
「つまり野盗は、荷物ではなく"流れ"を止めようとしているんです。」
政景の表情が変わった。
重臣たちも息を呑む。
誰もそこまで考えていなかったのだろう。
俺は床に描いた線を見つめながら、小さく呟く。
「だったら、守るべきは米じゃない。」
「荷車だ。」
その瞬間、城主が大きく頷いた。
「面白い。」
「其方は、物ではなく流れを見るか。」
俺は静かに頭を下げた。
「流れが止まれば、人も止まります。」
「だから私は、流れを守ります。」
城主は立ち上がった。
「よし。」
「領内の荷車職人を全て集めよ!」
「壊された荷車は即座に修理する!」
「さらに予備の荷車も造らせる!」
重臣たちが一斉に頭を下げる。
「はっ!」
その様子を見ながら、俺は少しだけ安心した。
これで当面の物流は維持できる。
……そう思った、その時だった。
城の外から鐘が鳴り響いた。
一度。
二度。
三度。
尋常ではない速さだった。
見張りの武士が血相を変えて飛び込んでくる。
「殿!」
「今度は南街道です!」
「橋が落とされました!」
俺は思わず目を細めた。
違う。
これは偶然じゃない。
誰かが意図的に、この領の物流網を壊し始めている。




