第十三話 城主の御前
「城主様がお呼びです!」
その一言で、広場の空気が張り詰めた。
源兵衛が青ざめる。
「じょ、城主様だと……?」
庄吉も目を丸くしていた。
町の米問屋が城へ呼ばれる。
そんな話は聞いたことがない。
「弥助……」
父が不安そうに俺を見る。
「何か粗相をしたら……」
「大丈夫だよ」
俺は小さく笑った。
「怒られるようなことはしてない」
もっとも。
気に入られる保証もないが。
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城門は高かった。
太い柱。
白壁。
幾重にも重なる櫓。
戦国の城を実際に見るのは初めてだ。
思わず見上げてしまう。
「こちらだ」
案内役の武士に導かれ、本丸へ進む。
途中ですれ違う武士たちが、不思議そうな目を向けてきた。
十五ほどの少年。
しかも町人。
場違いなのは自分でも分かる。
やがて一室の前で足が止まった。
「お待ちください」
襖が開く。
「弥助、参りました」
静かな声が響く。
「入れ」
低く、よく通る声だった。
俺は一礼して部屋へ入る。
正面には、一人の男が座っていた。
年は四十前後。
派手な鎧ではない。
質素な小袖姿。
だが、その場にいるだけで空気が変わる。
この領の主。
城主・浅井政景だった。
左右には重臣が並んでいる。
誰も口を開かない。
視線だけが俺へ集まっていた。
「面を上げよ」
言われるまま顔を上げる。
城主はじっと俺を見つめた。
「其方が弥助か」
「はい」
「代官から話は聞いておる」
短い沈黙。
やがて政景は静かに言った。
「町を混乱させず、難民を飢えさせなかったそうだな」
「皆が力を貸してくれました」
俺は正直に答えた。
俺一人では何もできない。
庄吉も。
源兵衛も。
人足たちも動いてくれたからこそだ。
「……ほう」
政景の口元がわずかに緩む。
「己の手柄にせぬか」
「事実ですから」
重臣たちが顔を見合わせた。
少しだけ空気が和らぐ。
「では聞こう」
政景が身を乗り出した。
「この領を救うには何が必要だ」
重臣たちが一斉にこちらを見る。
普通なら。
「兵を増やします」
「税を集めます」
そんな答えが求められる場だろう。
だが俺は違った。
「道です」
部屋が静まり返る。
「……道?」
「はい」
俺は頷いた。
「米は歩きません」
誰かが小さく息を呑む。
「人が運びます。」
「荷車が運びます。」
「つまり、道が止まれば米も止まります。」
政景は黙って聞いている。
俺は続けた。
「今、一番守るべきなのは城ではありません。」
「街道です。」
「街道を失えば、城に兵糧は届きません。」
部屋の空気が変わった。
一人の重臣が思わず声を漏らす。
「なるほど……」
政景は腕を組み、目を閉じた。
しばらく考え込む。
そして静かに笑った。
「面白い。」
その一言だった。
「皆、城を守れと言う。」
「だが其方だけは道を守れと言うか。」
「はい。」
「城は兵糧があれば守れます。」
「兵糧は道がなければ届きません。」
政景は大きく頷いた。
「理にかなっておる。」
その時。
襖の外が慌ただしくなった。
「殿!」
武士が駆け込んでくる。
「申し上げます!」
「何事だ。」
「北街道にて野盗が出没!」
「兵糧を積んだ荷車が襲われました!」
その場の空気が一変した。
重臣たちが立ち上がる。
政景の表情も険しくなる。
俺は静かに目を閉じた。
やはり来たか。
兵糧の価値が上がれば、それを狙う者も現れる。
ここから先は。
米を集めるだけでは足りない。
米を守る戦いが始まる。




