第十一話 任された荷印
代官所の鐘が鳴り終わる頃。
俺たちは再び広間へ集められていた。
清左衛門の表情は険しい。
「先ほど早馬が到着した」
武士が一通の文を差し出す。
「隣領の一揆により、街道が一部封鎖された」
その一言で広間がざわつく。
「街道まで……」
源兵衛が青ざめる。
街道が止まれば、人も荷も動かない。
つまり米も運べない。
俺は文を見つめながら静かに口を開いた。
「完全に止まったわけではありませんね」
清左衛門が頷く。
「北回りの街道は生きている」
やはり。
まだ手はある。
「ただし」
武士が続ける。
「荷車が集中し、大渋滞になっているそうです」
思わず苦笑した。
前世でも何度も見た光景だった。
一本の物流網が止まれば、別のルートへ荷が集中する。
結果、そこまで詰まる。
時代が違っても同じだ。
「弥助」
清左衛門が俺を見る。
「どうする」
俺は迷わなかった。
「荷を分けます」
「分ける?」
「大きな荷車だけでは駄目です」
俺は床へ簡単な図を書いた。
「街道を通る荷車」
一本線を引く。
「村へ向かう荷車」
さらに枝を描く。
「人が背負う荷」
最後に小さな丸を書く。
「運ぶ方法を一つに頼るから詰まるんです」
武士たちが図を覗き込む。
「なるほど……」
「荷を分散させるのか」
「はい」
俺は頷いた。
「全部を荷車で運ぼうとしない」
「近場は人足」
「山道は馬」
「街道は荷車」
「それぞれ役割を決めます」
清左衛門は腕を組んだ。
「面白い」
そして静かに立ち上がる。
「源兵衛」
「は、はい!」
「山本屋に命ずる」
源兵衛が慌てて頭を下げた。
「領内の兵糧輸送を補佐せよ」
広間が静まり返る。
「さらに弥助」
「はい」
「これを預ける」
武士が一枚の木札を持ってきた。
厚い桜材に、代官所の焼印が押されている。
「これは?」
「荷印だ」
清左衛門が説明する。
「この印を付けた荷は、領内の関所を優先して通す」
源兵衛が目を丸くした。
「そんな権限を……」
「非常時だ」
代官は短く答えた。
「兵糧が止まれば民が飢える」
「その責任は私が負う」
俺は木札を受け取った。
ずしりと重い。
木札の重さではない。
責任の重さだった。
「弥助」
清左衛門の声が静かに響く。
「この印を使う者は、お前が決めろ」
「……分かりました」
簡単な返事だった。
だが胸の中は違う。
これで山本屋は、ただの米問屋ではなくなった。
領の物流を担う存在になったのだ。
その時だった。
広間の外が騒がしくなる。
「代官様!」
見張りの武士が飛び込んできた。
「どうした」
「城下へ難民が流れ込んできています!」
その場の全員が息を呑んだ。
「人数は?」
「三百……いや、五百はおります!」
凶作。
一揆。
街道封鎖。
そして難民。
事態は俺の予想よりも早く動き始めていた。
俺は静かに木札を握り締める。
今、本当に足りないのは米ではない。
米を、必要な場所へ届ける仕組みだった。
そして、その役目はもう――俺に託されている。




