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転生したら戦国時代の米問屋だった  作者: 水原伊織


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第十話 米が動き始める

兵糧台帳が作られて三日目。


山本屋は完全に代官所の一角に組み込まれていた。


もはや店というより、役所の一部だ。


「……数字が合わねえ」


源兵衛が帳面を見ながら呟く。


「合うようにするんだよ」


俺は淡々と答えた。


米の流れはすでに動き始めている。


村から。


商人から。


そして蔵から。


すべてが数字として机の上に並んでいく。


――――


「若旦那!」


庄吉が駆け込んできた。


「市場がまた動いています!」


「どっちだ」


「上がってます!」


やはりか。


俺は頷いた。


「どれくらいだ」


「昨日よりさらに二割ほど」


源兵衛が机を叩いた。


「馬鹿な……もうそんなにか」


だが想定内だ。


むしろ遅いくらいだ。


人は情報ではなく、空気で動く。


凶作の事実はすでに広がっている。


そして今は「足りなくなる」という空気が支配している。


「親父」


「なんだ」


「今、うちの在庫は」


帳面をめくる。


数字が並ぶ。


以前ならバラバラだった情報が、今は一本に揃っている。


「三百七十二石」


源兵衛が目を見開いた。


「増えてるじゃねえか」


「集めてるからな」


「いつの間に……」


俺は答えない。


市場。


村。


寺の倉庫。


すべてが繋がっている。


流れを作れば、物は集まる。


逆に流れを止めれば、物は消える。


それだけの話だ。


――――


その時だった。


代官所に緊張が走った。


武士が駆け込んでくる。


「代官様!」


「何だ」


「隣領の一揆が鎮圧されました!」


広間がざわつく。


だが俺は冷静だった。


鎮圧。


それは終わりではない。


むしろ始まりだ。


「続けて報告!」


代官の声が鋭くなる。


「鎮圧の際、領内の米蔵が焼かれたとのこと!」


一瞬、空気が止まった。


源兵衛が息を呑む。


「焼かれただと……?」


俺は小さく目を細めた。


なるほど。


一揆はただの騒ぎじゃない。


米そのものが破壊されている。


つまり。


供給はさらに減る。


価格は上がる。


そして恐怖は加速する。


「弥助」


代官がこちらを見る。


「どうなる」


俺は即答した。


「さらに上がります」


「どこまでだ」


「誰も分からなくなるところまでです」


静寂。


それが答えだった。


――――


その日の夕方。


市場へ出た。


空気が変わっている。


昨日までのざわつきではない。


焦りだ。


商人たちの声が荒い。


「もう少し出せ!」


「それでは売れん!」


「まだ上がるぞ!」


米俵の前で争いが起きている。


完全に熱が入っていた。


その中に、見覚えのある顔があった。


河合屋・宗兵衛だ。


顔色が悪い。


明らかに余裕がない。


「……弥助」


こちらに気づいた瞬間、目が合った。


だが俺は視線を逸らさない。


ゆっくりと近づく。


「苦しそうだな」


宗兵衛の顔が歪む。


「貴様……何をした」


俺は答えない。


ただ市場を見渡す。


「俺は何もしていない」


「嘘をつくな!」


宗兵衛が声を荒げる。


だが周囲の視線が集まる。


彼は気づいていない。


もう勝負は終わりかけていることに。


「なあ」


俺は静かに言った。


「米はまだあると思うか?」


宗兵衛は答えられなかった。


ある。


だが届かない。


それが現実だ。


輸送は詰まり。


恐怖は広がり。


流れは変わった。


俺は小さく息を吐いた。


「商売はな」


「……」


「持ってる奴が勝つんじゃない」


「何だと」


俺は市場を見た。


米。


人。


金。


すべてが動いている。


そして。


その中心に流れがある。


「流れを作った奴が勝つ」


宗兵衛の顔が歪む。


だが何も言えない。


その時だった。


遠くで鐘が鳴った。


代官所からだ。


緊急の合図。


俺は空を見上げる。


次の段階が来る。


この町はもう、元には戻れない。


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