星雲寺の屋敷
「だ……だれかっ、……だれかいる?? いたい、いたいよ」
「山伏式神。人がいますよ」
「えー? ホントに? 人ならざる者じゃないのお??」
「生存者かも。行ってみませんか?」
「はー、約束を守る気もないのね。そこも案内人に似ているわ」
ムッとしつつも、助けを呼ぶ声がすれば誰だって思わず門をくぐってしまうじゃないかと毒づいてみる──しかし草目が念を押したわりに、化け物が飛び出してくるとか、そんな事はなく中身は何ともない。
玄関前に──子供がうずくまっていた。
中学生くらいだろうか? 幼げな少女は手には物騒な日本刀、そうして魔法使いの紋章をあしらった衣服を羽織っていた。儚げな容姿にそぐわぬ、荒々しい武装。
「援助団員の方ですか?」
「わ、わたくし、私は星雲寺 叶夢。……この家の娘よ。あなたたちは……? 魔法使い?」
「微妙な立ち位置の、巻き込まれている雑魚です」
緑さんは血だらけの窓を見回して、何があったのかと問うた。叶夢によればいきなり殺意の高い人ならざる者が襲来して、総出で戦ったが──気絶してからは屋敷の中庭に倒れていたのだ。
「アレは……噂には聞いた事がある、上位の人ならざる者でした」
二人は傷だらけの唯一の生存者である星雲寺 叶夢を前に顔を見合わせる。
半信半疑ではあるが……化け物はどこにいる?
「あの」
「化け物は二体いました。牛の頭をして、女物の着物と鱗と鋭い爪と──訳の分からない姿をして」
「鵺?」
「ええっ、鵺なんて実在するの?」
「さあ。合成獣で有名なのは鵺かな、と」
彼女は自分はこの家の娘で、魔法使いとして豊葦原中国元祖禁厭及び巫蠱結盟の幹部になるつもりだった、と悔しがる。全国共通魔術師連合の何とも古風な呼び方である。
「家族は、みな、貴殿サマにやられてしまい、自分だけが生き残った。く、悔しい、わたしだけ、わたしだけ!」
「貴殿サマ? なんですか、それは」
「遭ったらオシマイの魔物、いえ、魔神……、……神かもしれない。分からない。でも、実在してしまった」
叶夢は致命傷になりかけた胸をおさえ、苦しみ深呼吸をする。
「私を、ここから出して。貴殿サマが出没した際に、草目さんが結界を張って──」
「おかしいわね。私たちは難なく入って来れたのだけど」
「小林 緑さん。魔物の言うことなんて聞いてはダメよ」
「この屋敷は元来、結界が貼られていて、今、反転されているんです」
「なら、ゴキブリホイホイってワケですか」
「げえっ〜〜~っ、汚い例えすぎ」
山伏式神がウンザリする。
外に出るにはある封印を解かなければならない。それは当主がいた間にある、掛け軸の後ろに隠されている。装置に近しいものだと。
それは魔物の牛骨で、代々神事に使われていたのだそうだ。
「となると、室内に入らなきゃいけないんですか」
「は、はい、まあ」
「……あー、土足で良いですかね。申し訳ない」
「はい」
きっと廊下や部屋は血みどろで、裸足で歩くのは耐えられまい。遺品処理に出向く緑さんだが、血や腐敗した液体の気色悪さだけは克服できないでいた。
(以前は人から出た、と勘違いしていたけど、ただ単に雑菌や感染症の危険があるからなんだよな……心無いヤツだよ、私は)
閉まっているはずのスライド式の戸から嫌な血の臭いが漂っている。
「入り、ます」
叶夢が固唾を飲み、歩をすすめた。
「うわあぁ、随分ギタギタにされたわねえ」
「ここまで来ると警察に通報したいくらいですが……」
「異界なんだからここは! 無理よ」
屋敷内は酷いもので、周りは血しぶきだらけであった。逃げ惑い倒したのか襖は床に散らばり、障子の間は破け、血の模様ができている。
もう生きている者はいない。皆、事切れた──恐怖に引きつったかんばせで停止している。血の海を靴で踏みにじる。
生理的に良い気はしない。それに建物が座敷牢だらけで気色悪い。
何の意味があったのだろう。
増築された座敷牢。古び褪せた豪華絢爛な襖。柱や板の間には陰陽道系の護符がやらためったらに貼られ、狂気を醸し出している。女中室は寒々しい、卑下された造り。
こんな世界でこの子は暮らしていたのか。
「薬箱があって良かったです」
「ありがとう」
彼女の軽い切り傷などをアルコール消毒し、絆創膏などで応急処置を施した。古びた納戸の如し部屋で薬箱やら医療キットまがいのが置かれている。
──その中で目を引いたのは……部屋の奥にあるガラス張りの奇妙な部屋だ。
「気になる? あれはノベオリ様を封じておく神域だよ」
「神域?」
屋敷神なのだろうか。
「私たち、星雲寺一族の陰陽師たちが編み出した辟邪の──呪箱なの」
呪箱。
緑さんは鏡張りの、あの部屋を思い出した。これは……、ヒントなのではないか。
「星がつく、苗字や生業の魔法使いに捌けられる秘術みたい。私はまだ教えて貰えなかったけど……貴殿サマもあそこから出てきたわ」
苦笑すると、彼女は包帯に塗れた腕を眺める。
「ノベオリが出てしまった以上、ここは危険でしかない。ヤツは予言をのたまうけど、それは人間の精神に干渉して操るだけで……」
「待ってください。ノベオリとは? 私は一度も耳にした事がありません」
「当然だと思うわ。だって──私たちの家だけの、腫瘍みたいな存在だったから」




