第72話「雨が降るも、ライブは始まる」
止む気配が未だにない雨。
雨が激しく、先ほどまでよく見えていた広い芝生公園が今ではかすんで見える。
ーーザアァァァ!
そんな中、リハができない俺たちはステージにいたままなにもできていない。
「すげえ雨だな。こりゃあ、しばらく続くんじゃね?」
「うむ。機材が濡れないように、スタッフがあたふたしているな」
周りでは、高村の指示でスタッフがスピーカーや電気機材を懸命に雨が当たらない場所に動かしていた。
「……リハ、どうなるんだろうね」
シゲは心配そうな顔で話しながら、スタッフの様子を眺めている。
どうなるかはわかりきっている。最悪、ライブ自体も危うい状況だ。
指示を出していた高村はステージに上がると、俺たちに近づいてくる。
「おまえたち、楽器は大丈夫か?」
「なんかと濡れないように抱き抱えているけどよ。どうすんだ? リハは」
「このままではリハは難しいだろうな。本番までに止んでくれたらいいのだが」
俺たち以外にも、リハをやらなければならないやつらもいる。仮に晴れたとしても、時間的にすべてのバンドがリハをするには間に合わない。
「……イベントは中止か」
手を合わせ拝む小野寺が、小さくそうつぶやく。
誰もが、そうなってしまうのではないかと思っていた。
「いや! まだ諦めるには早い。お天道様は気まぐれだからな!」
高村はそう前向きに答える。たしかに、まだ諦めるのは良くない。
リハができなくとも、ライブができるなら問題ない。ぶっつけ本番でも、俺たちならできるはずだ。
「そうだぜ! 雨がなんだってんだ! 俺たちのロック魂でお天道様の機嫌を良くしてもらおうぜ」
「おまえなあ、よくもそんなわけわかんねーことを口走れるなあ」
「うっ、うるせえよ……」
成瀬が呆れながら俺に話すと、笑い声が聞こえてくる。
「とりあえず機材は無事みたいだが、まだどうなるかはわからん。あっ、岩崎君たちにも伝えなきゃだな」
芝生公園にある木に雨宿りしている岩崎たちに、高村は伝えに向かった。
「けど、どうしようか? 雨が止むまで、僕らもどこかで雨宿りする?」
「そうだなあ……このままだと楽器が濡れて鳴らなくなるかもしれないしな。ひとまず、楽器をケースに避難させようぜ」
俺たちはステージの脇に置いたケースに、楽器を入れに向かう。
ギターをケースに入れて、空を見上げた。
ステージがある芝生公園の周りにはまだ雨雲がかかっていた。しかし、よく見ると遠くのほうが少しずつ晴れているのに気づく。
「よしよし! 晴れたきてるじゃねーか。そのまま、こっちにも晴れ空になっていけ」
俺は期待をこめながら、空に向かって拝みだした。ロックンロールの女神と、お天道様に祈るように。
「けど、まだ雨が止む気配がないよ」
「バカ言ってんじゃねーシゲ! ほら、おまえらも拝め」
「……なんで俺たちが拝まなきゃならねーんだよ。んなもんは、小野寺に任せておけや」
「うむ。任せておけ!」
小野寺は俺の横で手を擦りながら、天に向かって拝む。まるで、修行僧のように。
しばらくすると、ステージの上が騒がしくなる。スタッフが、また慌ただしく行き交う姿が目に映った。
「なんだあ? やけに忙しそうだな」
「撤収作業じゃね? このまま雨だと、ライブが中止だろうからな」
「でも、もう少ししたらなにも知らない観客が来ちゃうよ」
時計を見ると、そろそろ観客がライブ会場に来る頃だ。雨が降っているものの、こんな状況になっているなど知る由もない。
仮にライブが中止になったとすれば、いろいろまずい展開になりそうだ。
そして、岩崎たちにリハができないことを言いに行った高村が俺たちのいるところへ歩いてくる。
「おい、ライブはどうなるんだよ? スタッフが騒がしいみたいだけど」
「……安心しろ。ライブは中止にはさせない」
そう俺が尋ねると、高村はなにか覚悟を決めたような口ぶりで答えた。
「でも、雨はまだ降ってますよ? いつ止むかわからないですし、機材も濡れて使えるかどうか……」
「たしかに機材の半数は濡れてダメになったが、まだ無事なのがある! なんとかなるだろう」
「観客はどうするのだ? 雨に打たれたまま、迎入れるのか?」
「それは仕方ない。お客さんには悪いが、そのままライブを観てもらうしかない」
シゲや小野寺の疑問に、高村は淡々と答える。是が非でもライブを決行するつもりらしい。
「……そこまでして、俺たちの対バンを実現させてくれるのか」
高村の行動に、俺は感動を覚えながらそう口にする。
「なにいってんだ! 当たり前だろう。今日のライブが中止になったら、全部の損害を俺が払わなきゃならない。そんなことにはさせないんだよ!」
「まあ、多額の金を使ったようなイベントだしな。今さらキャンセルしたら、やべえだろ」
成瀬は他人事のように話しながら、悠長にスマホをいじっている。
「とにかく! 時間になったら、スケジュール通りにライブスタートだ。おまえたちも時間までに、ウォーミングアップしておけ」
ライブスタートまで、数時間。
リハがない状態で、俺たちはライブをやることになる。たとえ、雨が降っていようがもはや関係ない。
そして時間が過ぎていき、ぞくぞくと観客が芝生公園に集まってきた。
数百人が入っても、広い公園では少なく見える。俺たちは出番まで、ステージの裏でその様子を見にいた。
「いよいよ……だな」
待ちに待った対バン。岩崎と高村とのライブが始まる。
「いざ本番に近づくと、やっぱり緊張してきちゃうね」
「うむ……リハができなかったから、どういう段取りでやるかわからぬままだな」
「まあ、俺様のベースプレイが変わることはねーんだ。気楽にいこうぜ」
出番を待つ中、シゲたちが不安そうに話すと成瀬は余裕な態度を見せる。
たしかに、みんなの思っている気持ちはわかる。なにもかもドタバタでやることになるだろうけど、俺たちかやることは一つだ。
「とんな状況でも、俺たちは最強のバンドとして最高のライブをやる!」
俺たちはバンドマンだ。いかなる場合でも、俺たちが奏でる曲を届ける。
ライブが始まる前に鳴るBGMが、芝生公園から聴こえてきた。
すると、時間になったのか司会者のスタッフがマイクを持ってステージへと上がった。
「みなさーん! 今日のライブイベントに起こし下さってありがとうございますー!」
司会者の声に、公園からはわあっと歓声が上がる。
「……よし。おまえら、円陣を組むぞ」
俺はみんなに声をかけて、手を前に出す。
「うん。やるからには、頑張ろうね」
「ここまで来たのだ。全力を出し切るぞ」
シゲと小野寺はそう答えて、俺の手に自分の手を重ねる。
「いまどき、なんだこりゃあ? 運動部じゃねーんだぞ。けどまあ、やろうじゃないか」
成瀬は太々しい態度で話しながらも、にやりと笑い手を置いた。
「よーし、いくぜ! 最強最高のバンドのライブを見せつけてやろうぜ!」
「おおー!」
俺の言葉に、全員がさけぶように掛け声を上げた。
「それでは、いよいよライブスタートです! ファーストバンドは、ロックンロールスタァァァズ!」
司会者が俺たちのバンド名を、マイクに向かって話す。
そしてついに、俺たちはステージへと歩み出した。




