第67話「渡したいチケットをあなたに!」
残るチケットは数枚になり、俺はチケットを握りしめてある場所まで向かう。
時間はもう夜。辺りが暗くなり、人の姿も少なくなった。
シゲたちと別れ、俺は一人で走る。
「さすがに夜だと警戒されるだろうな。けど、チケットは渡さないと」
道路を進み、住宅街まで来た俺はとある一軒家に着くと玄関の前で止まる。
「かなで……家にいるかな?」
目の前には、かなでの自宅。
俺はチケットをかなでに渡そうと、ひそかに考えていた。やはり、惚れた女には自分のライブを見に来て欲しい。
そういった感情が、どうしても出てきてしまう。
夜遅くに来て迷惑だろうか。かなではチケットを受け取ってくれるのか。
頭の中で、俺はあれこれ考えてしまう。
震える指がインターホンのボタンへと近づく。
ーーピンポーン!
ゆっくりとボタンを押した後、インターホンの音がでかく鳴った。
「はーい! どちら様でしょうか?」
「こんばんはっす! 俺は仙道と言いまして、かなでさんはいらっしゃいますか?」
声の感じからして、応対したのはかなでの母親だろう。俺がそう答えると、しばらく待つように言われる。
ーーかなでの家に訪れたのは、中学の時以来か。
かなでを初めて見た時、俺は一目惚れをしたのを思い出す。なんとかかなでに好きになってもらおうと試行錯誤したが、今現在まで友達止まり。
中学の卒業式にかなでに告白しようと思ったが、緊張からうまく言葉に出来なかった。
「あの時は、頭の中が真っ白だったっけ……? だから、俺はかなでに……」
ーーガチャリ。
待っている間、昔のことを振り返って口にしていると家の扉が開く音が聞こえた。
「どうしたの? 仙道君、こんな時間に」
「あっ、ああ……わりいな、かなで。夜遅くに来ちまって」
現れたかなでに、俺は照れながら答える。
これまで、様々な場所でライブをやってきた。しかし、一度もかなでに面と向かってライブを見に来てくれとは言っていなかった。
今回のライブは、いつもと違う特別なライブになりそうな気がする。そんなライブをかなでに観てほしい。演奏する俺を見て、どうお思うか。曲を聴いて、なにを感じたか。
ただ純粋に、惚れた女の前でかっこいいところを見せつけたい。ただ、それだけだ。
「あのさ……かなで、おまえにお願いがあってだな」
ーーガサゴソッ。
ズボンのポケットに入っているチケットを、俺は取り出す。
ずっとポケットに入れっぱしなのか、手に持ったチケットはシワだらけになっていた。
「あっ! それって、仙道さんたちが言ってたライブのだよね? 有本君から聞いたよ」
「シゲから? あいつ……いつのまに」
まさかシゲから詳しい話を聞いていたことに、俺は複雑な気持ちになる。
ーーということは、高村からチケットをすでにもらっている可能性もあるのか?
俺たちより先にチケットは配り始めているだろうし、かなでたちのバンドとも交流が高村にもあるはず。
もしそうなら、俺がチケットを渡したところで意味はないのかもしれない。
「楽しみだなあ! 別の学校から参加するバンドもいるんでしょう? 知らないバンドの曲って、なんかワクワクするよね」
「あっ、ああ……そうだな。岩崎たちのバンドは、実際にはどんなパフォーマンスになるか」
かなでかワクワクする様子で話すと、俺は真面目に返事をしてしまう。チケットを渡すべきか、このまま話して帰るか。俺は迷っていた。
そんな俺の顔を見たかなでは、少し笑った後に手を差し出した。
「それ、ちょうだい。わたしに渡すために来てくれたんでしょう?」
「……え?」
「わたし、まだチケットはもってないしさ」
かなでは俺が自宅にやってきた時点でわかっていたのだろう。俺が、チケットを渡しにくるって。
俺は手に握ったチケットをかなでに差し出す。
「俺……このライブで最高最強のバンドのライブをやる! かなで、俺の弾く姿を見てくれよな」
「うん! 絶対に観に行くね」
ただチケットを好きな人に渡しただけのことだろう。けれど、俺にとっては特別で大切なことなんだ。
かなでだけじゃない。観に来てくれる人達に全力で報いてやる。
「よし、俺の目的は達成した! かなで、夜遅いし早く家に戻れ! 風邪を引いちまうぞ」
「うっ、うん。ありがとう……」
俺はかなでにそう言って立ち去ろうとした時、思い出したように再びかなでのほうへ向く。
「あっ、一応上原たちにもチケットを渡しておいてくれ。チケットはまだ余ってるしよ」
まだポケットに入っていたチケットをかなでにもう一度渡す。
「わたしにじゃなくて、みんなの家に行って直接渡せばいいのに」
「上原たちの家がどこにあるかしらねーんだよ! まあ、行く気もないがな」
「あー! ひどいんだー」
クスクスと笑うかなでに、俺も笑い声を出す。
これ以上は長居はしないほうがいいだろう。俺は、立ち去ろうとする。
「仙道君、ライブ当日は頑張ってね! また明日、学校でねー!」
「おう! 絶対に、俺たちが一番すげえライブをやるからな! じゃあな!」
別れ際、かなでが手を振りながらそう俺に叫ぶ。俺も手を振り返して、でかい声で答えた。
ーーよし、帰ってギターを弾くか!
応援してくれるかなでに応えるために、俺は足早に自分の家へと向かう。
今日も、徹夜でギターを弾くことになるだろう。すべて、最高なライブをやるために。




