第66話「チケットノルマ!すべて売りつけろ!」
新しく生まれ変わったギターを引っさげて、俺たちの練習はさらに増す。
「へえ、意外にいい音が鳴ってるな! 前のへぼいギターがマシになってきたじゃねーか」
ベースを弾きながら、成瀬は俺のギターサウンドを聴いてそう口にする。
「当たり前だろう! 高い金払って、改造してもらったからな」
「それにしても……仙道のやつ、いつも以上に張り切りすぎてないか?」
「楽器屋さんで岩崎さんとセッションしたらしいんだ。いい刺激をもらえたみたいで、気合いが入っているみたい」
横で演奏しているシゲたちは、チラチラと俺を見ながら話している。ギターの音で聞こえないと思っているみたいだが、俺の耳には届いていた。
「くっちゃべってねーで手を動かせ! 音の強弱がバラバラになってるぞ!」
俺はシゲたちに叫び、練習に集中するように促す。
野外コンサート本番まで、残りわずか。限られた時間の中で、完璧に仕上げていかなければならない。
「そういえば、チケットのノルマってそろそろ始めなきゃだよね?」
休憩中に高村から言われていたチケットノルマについてシゲは話す。ライブを見に来てくれるように、いろいろな人に売らなきゃならない。
「まあ……な。けど、チケットを売るのってだりいよな」
「一人、何枚くらいを売らねばならんのだ?」
「ほとんど高村さんがやってくれるけど、僕らは一人十枚くらい」
「……地味に少ないな」
ノルマは一人十枚。小野寺は少ないと言うが、その十枚を売るのは非常に難しい。
有名なバンドならば即売れるだろうが、俺たちはアマチュアバンド。ましてや、岩崎率いるオタク系バンドも参戦となると、観に来てくれる人がいるのか怪しい。
「まっ、俺様は余裕よ! 仲が良い女たちなら、争奪戦になるかもな。なにせ、俺が出るライブだからよ」
「俺は、神社の巫女さんたちにお願いしてみよう。参拝客にも、一応聞いてみるが」
小野寺と成瀬は、それぞれ顔が広い。チケットノルマなど、すぐに終わらせてしまいそうだ。
「僕らはどうしようか? 晴君は誰か知り合いに頼む?」
「うっ、うーん……知り合いにっていうのがなんかなあ」
身内を誘うのは、ライブではよくある話。しかし、どうせならまったく俺たちのバンドを知らない人に観てもらうほうがバンドとしてはいいはず。
俺たちのライブをいろんな人に届けたい気持ちが強くなる。
「俺は街で声をかけるぜ! 新規ファンを勝ち取るんだ!」
俺は決意すると、みんなの前でそう叫ぶ。
「それ……かなりハードル高いんじゃね?」
「いいんだよ! チケットをもらったら、街に繰り出すぜ! なあ、シゲ」
「え……僕もなの? うっ、うん」
シゲは苦笑いを浮かべる。
この数日後、いよいよチケットノルマがスタートする。
高村から届いたチケットを確認して、俺たちはさっそくチケットを捌き始めた。
「こんなもんは、一日もあれば余裕だろう! ささっと終わらせて、練習すんぞ」
「だりいけど、やるか……」
全員にチケットを渡し、それぞれが声をかけにいった。
「よし! 俺たちは駅前で歩く人にチケットを売りつけるぞ」
「ドキドキしちゃうね……大丈夫かなあ?」
「こんなものは慣れだ! いくぞ、シゲ」
駅前に着くと、やはり夕方なのか人は多い。これだけの数がいれば、きっと大丈夫だろう。
「俺は向こうでやるから、シゲはあっちのほうな」
「うん! チケットが売れるように頑張ろうね」
一旦シゲと別れ、俺はさっそく声をかける。
「あの! 俺たちのバンドがやるライブに来ませんか? すげえライブをやるっすよ」
歩く人に声をかけ、俺はそう話しかけた。だが、無視されてしまいまったく相手にされない。
「ちっ、シカトかよ! 次だ次!」
気持ちを切り替えて、別の人に声をかけまくる。だが、どいつもこいつもまともに話を聞こうとしない。
しばらく時間が過ぎて、チケットはいまだに売れてない。
「くそ……バンドのライブだぞ! みんな興味がないのか」
やはり無名のアマチュアバンドのライブなど、見たいやつはいないのだろうか。
ーーシゲはどうだろう? 大丈夫か、あいつは。
俺はシゲの様子が気になり、あいつがいるところまで向かう。
「あ、晴君! チケットが売れたよ!」
「……マジかよ、全部か?」
「うん! みんないい人たちで、一生懸命伝えたら買ってくれたよ」
シゲがチケットをすべて売ったことに俺は驚く。やはり人柄がいいから、街歩く人はシゲに振り向くのだろう。
「晴君はどう? チケットは売れてる?」
「いや……まあ、まだだ」
一枚も売っていない俺は、複雑な気持ちになりながら答えた。
「お! 仙道、チケットは捌けたか?」
「うむ。駅前でとはなかなかな場所でアプローチしているな」
成瀬と小野寺が現れると、俺たちのところにやってくる。
「おまえら、チケットはどうした?」
「あ? そんなものはすぐに終わらせたよ。俺様にかかれば秒よ秒」
「俺も神社に来ていた参拝客に声をかけたら、意外に反応が良くて買ってくれたぞ」
成瀬はわかるが、まさか小野寺までもチケットノルマを達成していた。つまり、メンバーで売ってないのは俺だけだ。
「んだよ、おめえ。まったく、チケットが売れてねーみたいだな」
「うるせー! 俺のバンド魂を理解してないやつらばっかりなんだよ」
「仙道……その言い方が悪かったのではないか?」
チケットが売れてない俺に、みんなはそう口にする。
「ほら、貸しな! 俺様がおまえのチケットを売ってやるよ。まだ欲しいって言う女がいるしよ」
「晴君……人には向き不向きがあるんだし、ここは成瀬君に任せよう?」
「……ぐぬぬぬ!」
時間は過ぎ、もうじき暗くなる。このままではこの日にチケットノルマは達成できないだろう。
成瀬に任せるのもアリだが、俺はあえて断る。
「いーや! 俺が売らなきゃ意味がねーんだ」
意固地と思われても、こればかりは譲れない。
俺自身がきちんとバンドの魅力を伝えて、興味を持ってもらいたい。ライブを見てほしいという想いがあるのだ。
チケットを渡すように差し出された成瀬の手を振り払って、俺は駆け出した。
再び街を歩く人を見つけては、俺は声をかける。断られようとも、めげずに何度でも繰り返す。
「くそう……ダメか」
結局、一人もチケットを買ってくれる人に出会えず時間だけが過ぎていく。
「仙道よ。今日はあきらめて、明日にしたらどうだ?」
「そうだぜ? チケットは俺様に任せろって」
「晴君……とりあえずまた出直そう? チケットノルマはまだ期限があるし」
憐れみからなのか、シゲたちは俺にそう気を遣うように話しかける。
「ああ……そうだな」
シゲの言葉に、俺は答えながらうなずく。正直、かなり精神的に来ていた。
みんなが言うように今日はここまでにしようと、チケットを片付け始める。
「あれ? もしかして、ロッケンローラースターズさん?」
片付けていると、俺たちのバンド名を口にした男性が話しかけてきた。
「……え? 誰っすか?」
「あれ、覚えてないかな? 前にほら、八百長ライブイベントで一緒に参加してたバンドなんだけど」
そう話す男性は、前にライブハウスでのイベントに参加していたバンドの人だった。たしかに、こんな人がライブしてた気がする。
「へえ、高村さんたちとライブイベントをやるんだね」
「は、はあ……そちらはライブとかやらないんすか?」
「俺たちのバンドは解散したんだよ。メンバーが受験や就職活動で忙しくなるし」
バンドにもいろいろな心境の変化はある。バンドをやるうえでは、必ずぶち当たる壁。
この手の理由でバンドの解散はよくある話。
「バンドをやめて後悔しないんすか?」
「心残りはあるね……やっぱりステージに立った時に感じる高揚感は忘れられないよ」
そう話す男性はどこか寂しそうな顔で、悔しそうに話す。
俺はなにも言えずに、ただ相槌を打った。
「よかったら、そのチケットを売ってもらえないかい?」
「え、いいんすか? 高村も出るとは言え、アマチュアバンドのライブっすよ」
「ステージに立つことはもうできないけど、バンドのライブを感じたいんだよ。あの雰囲気をさ」
そう言って、男性は財布からお金を取り出して俺に手渡す。
ーーこういう人たちにも届くライブができたらいいな。
新規のファンも欲しいが、バンドのライブを心から感じたい人に響くライブもやるべき。
俺はこの人にその想いを伝えたいと決意して、チケットを渡した。
「俺たち、絶対に前よりすげえライブをやります! あなたたちの分まで」
「ああ、楽しみにしているよ。頑張ってね」
そう話した後、チケットを持って男性は去っていく。
「晴君、よかったね! チケットが売れて」
「ああ……チケットを買ってもらうからには、生半可な気持ちでライブをやっちゃいけねーのがわかったぜ」
このライブはチケットを買ってくれた人にとって、特別なものにしなきゃいけない。
元バンドマンの男性と話して、その考えがより強くなる。
このチケットノルマをやってみて、俺はこのイベントに対する考えを変えるきっかけになった。




