第49話「舐め腐ったバンドなどいらぬ!」
まだ、ギターを始めて間もない頃。中坊だった俺は、バンドを組むことを目的にしていなかった。
ギターを上手くなるだけを考えていた俺に、声をかけてきたのが古川だった。
「たしか……仙道君だったっけ? 君、ギターをやってるの?」
「ああ! 今は指がカチカチだから弾けねーが、ゆくゆくはすげえギタリストになってやんよ!」
中学生のくせに、生意気な目標を持っていた俺に古川は笑いながら話す。
「ギターかあ。案外、やってみると面白いかもな。ちょっと、貸してみて」
興味深そうに俺からギターを取り上げると、古川は椅子に座って軽く鳴らしてみせる。
「ただ弦をはじくんじゃなくて、左手でコードを押さえてだな……」
弾き方をよくわかっていないであろう古川に俺はそう話した時、やつは左手を押さえて弦を鳴らし直す。
ーージャカジャカ! ジャラランー!
初めてギターを触ったにも関わらず、古川はまるで以前からしていたみたいに、弾きこなしていた。
たった三つの音なのに、聴くとギターの音色がはっきりとわかる。
「ふう! だいたい、こんな感じ?」
そう話す古川は、間違いなく天才的なギターセンスがある。
俺は驚きながら、相槌を打つしか出来なかった。
「古川! バンドを組んで、今年の文化祭に出ようぜ! おまえとなら、最高のライブができる」
「ええー、ライブ? 人前で演奏するやつ?」
「そうだよ! 中学生が文化祭でライブとか、滅多にやらないだろうしな!」
俺たちの年齢で、ステージに立つことはすごいことかもしれない。
こんなやつと一緒にライブができたなら、バンドを組むのも憧れる。
俺が初めて、バンドを組みたいと思った瞬間だった。
その日を境に、俺は何人か声をかけて文化祭でライブをやることになった。
「俺もやつに負けないように、ギターを練習しなきゃだな!」
寄せ集めの楽器経験者ゼロ。単純に、目立ちたい連中が集まっただけのバンドだが、なんとなく音楽をやっている人っぽくて悪い気がしなかった。
俺は毎日ギターを練習して、弾けるように努力した。
そして、文化祭当日。
ステージに上がった俺たちは、これから演奏を始める。
「よし! やるぞ、最高のライブにしてやるぜぇぇ!」
俺はメンバーにそう叫ぶが、どうにもやる気をみんなからは感じられない。
「まっ、まあ……楽しんでやればいいんじゃないか?」
「ちっ……」
古川がそう話すと、俺は思わず舌打ちをする。
やるからには全力でいいライブにしようって気がなければバンドじゃない。楽しむのも悪くないが、お遊びでやられたら困るのだ。
そう思っていても、ライブはもう始まる。俺はギターを構えて、ステージの幕を開けるのを待った。
そして、体育館の幕が上がると目の前にはたくさんの生徒が集まっていた。
「すげえな……こんなに人が集まるのかよ」
「中学でバンド演奏は珍しいと思って、観に来たって感じかな」
あまりの人の多さに驚く俺とは違い、古川は妙に落ち着いている。バンドを組んでステージに上がったこともないのに、場慣れしているんじゃないかと思うほどに。
「よっ……よーし! さっそく、ライブのスタートだ!」
マイクはないが、俺はステージからそう叫ぶ。そして、ギターを思いっきり鳴らす。
ーーギャワワァァン! ギュワン……。
初めの勢いで弾く音は豪快だが、次に鳴った音はあまりにもへぼい。
だが、次に聴こえたギターの音に、体育館にいる全員が驚いた。
古川の弾くギターの音は、俺なんかよりも上手く、そして魅せている。
明らかにギターの音色は俺とは違い、その差が誰が聴いても明らかだ。
ーーくそ、俺だって……。
横の俺は、負けじとギターを懸命に弾く。けれど、やはりどうあがいても劣っているのがわかる。
リズムが合わないドラムや、テンポが遅く噛み合わないベース。
それに俺のギターがさらに演奏を悪くしていった。
にもかかわらず、古川はそんな俺たちの音に違和感なくギターをかき鳴らす。
演奏を聴く連中の視線は、古川にしか向かない。古川のギターしか、耳に入っていないようだった。
それに加え、古川がマイクに向かって歌を歌うとさらに歓声は上がった。
選んだ曲はそんなにメジャーなものではなく、少し古い日本のポップスバンドの楽曲。
それなのに、古川は抜群の音程と歌唱力で会場を驚かせていた。
なにかもかも、すべてが完璧だった。
自分が惨めになるくらいの、ギターのテクとボーカルセンス。
もしバンドの天才がいるならば、古川のやつを言うのだろう。
文化祭でのライブは大成功と言えるが、それは古川一人の力だと俺は思った。
俺はライブを終えた後、絶望なくらい打ちのめされた気分に浸る。
「ふう、いいライブだったな! 観てくれた人があんなに盛り上がるとは思っていなかったよ」
そう言う古川に一緒にやった連中が群がり、あいつの演奏に絶賛している。
「くそが! 古川だけが良ければいいわけじゃねー! もっと、他が上手くならなきゃバンドの意味がねえ」
「仙道……そんな古川に嫉妬すんなよ、たかが文化祭の出し物じゃねーか」
「んだと! この野郎!」
ベースを弾いていたやつの一言に、俺はキレる。気がつくと、そいつの胸ぐらを掴んでいた。
「落ち着け仙道! 暴力は良くないぞ」
ふざけた理由からバンドメンバーに入った連中とは違い、俺は真剣にバンドとしてやったつもりだった。
中学生のバンドなど、本気でやるような奴はいない。
結局、文化祭で集まったメンバーで次にバンドを組むこともなく解散。
しかし、古川に嫉妬していたのは事実だ。だからこそ、古川とまた一緒にバンドを組み最高のバンドを作ろうと決意した。
ーーきっと古川は、一緒にやってくれるはず。
そう思いながら、俺は放課後の教室でギターを構える。
しかし、古川が教室に来ることはなかった。
文化祭でのライブが評判を呼び、あいつは学校でも有名人になっていた。
声をかけようにもあいつの周りには人だかりでできて、近づけない。
俺と古川はそのまま疎遠になり、まったく話さない他人のような関係になっていた。
後にシゲから聞いたのだが、やつにとって文化祭のライブは自身が有名になるための手段だったと知る。
自分が学校で不動の人気を獲得するために、たまたま俺がギターをやっていたのを見つけて利用した。
古川という人間は、そういうやつなのだ。
「てめえみたいなやつが、またバンドを組んでやんのかよ……」
「まあね。やっぱりバンドでやる俺が、一番映えるからなあ」
そして、また目の前にいる古川は俺の言葉にそう答えた。
「なめんじゃねーぞ、古川。バンドってのは、そんな甘くねえんだよ」
「そうかあ? 久しぶりにライブやったけど、案外ちょろいぞ? すぐに人気になったしさ」
ーーこいつ、どこまでも腐り切ってやがる。
古川のバンドに対する態度に、俺は次第に苛立つ。
「晴君、落ち着いて……ここで問題を起こしたら、ライブができなくなっちゃうよ」
シゲは、そう俺を言葉で静止させた。
「なんだ、有本も一緒にやってたのか? 仙道とやると苦労するだろう?」
「そんなことないよ。僕は晴君とバンドを組めてよかったと思っているよ」
「はは! 最高最強のバンド? ウケる」
古川がバカにしたように笑うと、周りにいた他のメンバーもクスクスと笑い始めた。
「この野郎どもが!」
あまりにも馬鹿にした態度に、俺が飛びかかろうとした時、シゲと小野寺に体を押さえつけられる。
二人は黙っているが、押さえつけている手からは怒りに近い力強さを感じる。
「まあ、頑張っていいライブをやってくれよ。まあ、どのみちこのイベントは俺たちのためみたいなものだからな」
俺たちは外へ出て、自分たちの楽屋へと向かう。その間、誰一人も話すことはなかった。
しばらく廊下を歩いている時、俺は口を開く。
「今日のライブ……絶対に成功させるぞ」
「……うん、負けないよ」
「倒すべき敵がわかったと言うことか」
俺の言葉に、二人は答える。
古川が最後に言った言葉の意味はわからないが、このライブで、古川たちのバンドを超えてみせる。
「……あの、ふざけたバンドをぶっ潰す」
そう歩きながら話す俺の手は、握りごぶしを作っていた。




