第16話「ある意味、名を残すかもしれない……」
ーーガヤガヤ、ザワザワ。
司会者に紹介され、ステージに上がった俺たちロッケンローラースターズ。
観客席側には、大勢の人が密集している。その光景に、俺たちは息を呑んだ。
やはりステージに立つと場の空気に圧倒されてしまう。
ーーなっ、なにかしゃべらないと。
ライブ前にバンドマンならば、なにか話さないといけない。MCのようなもので、いわばバンドと観客のファーストコンタクトでもある。
「えっと、俺たちは……ですね」
ステージに上がる前の気合いは、この雰囲気の中で徐々消失していく。
俺は言葉を詰まらせながら、マイクに口を近づけているだけ。
ーーこの状況は非常にまずい。
今からこんなことでは、いい演奏ができるかわかったものじゃない。
なんとかしないと思い頭の中でも考えていると、成瀬が俺からマイクを取り上げる。
「いえーい! 俺のイカしたベースを、今から披露しちゃうぜ!」
成瀬はでかい声でそう叫び、髪の毛をかき分けた。
「きゃあああ! 成瀬くーん、頑張ってー!」
ざわつく観客の中から、黄色い声援が聞こえてくる。声が聞こえるほうへ目線を向けると、いつも成瀬と一緒にいた女たちがキャーキャー騒いでいた。
ーーおいおい、勘弁してくれ。
初めてのライブをこれから始めるというのに、この寒い演出。
他人から見たら、ただの痛いバンドじゃないか。
俺は突然なことに、成瀬を睨みつけた。
「晴君……とにかく演奏しなきゃ」
「あ、ああ。そうだな」
横でギターを構えていたシゲが、俺に小声で話しかけてくる。
たしかにこのクソッタレで寒い雰囲気を変えるには、演奏するしかない。
成瀬からマイクを奪い返して、俺は客席に向かって声を出す。
「変な感じになったけど、今から弾くんで……よろしく」
そう話した後、ギターを構え直して弾く体勢に入った。
カウントを取るように合図をすると、小野寺はドラムスティックをクロスさせた。
ーーカンッ! カンッ!
叩く高い音が鳴り、俺はそれに合わせるようにピックを下へとスライドする。
激しく歪んだギターの和音がアンプから爆音で鳴り響いた。
曲のイントロを弾き始め、シゲのギターも重なっていく。
ーーよしよし。あいつも、出だしはいいみたいだな。
チラリとシゲのほうを見ると、あいつが懸命にギターを弾く姿が写る。
だが下ばかりを見て、自分の指を確認しながら弾いてばかりだ。失敗はしたくないと言わんばかりに、指ばかりを凝視している。
それでもきちんと自分のパートを弾けているのだから、良しとしよう。
俺はそれを見届けると、歌のパートが来るタイミングを見計らってマイクに口を近づけた。
ーードドンッ! ドッドドドー!
小野寺のドラムが微妙に歌のパートと被るようなリズムだが、俺はとにかく歌う。
ボーカルのタイミングも良し。きちんと練習通りに歌い出せているはずだ。
しかし、なにか違和感を感じ始めたのはすぐのことだった。
ーーなんか、あれ? なんだろう。
きちんと曲は弾けているのに、どこか違う。
バンドっていうのは、曲を演奏すると次第にボルゲージが上がっていくのにそれがない。
その理由は観客席を見れば、わかることだった。
俺たちが弾いているのに客は盛り上がりもせず、誰一人と曲にノッていない。
Aメロ、サビへと入っていくのに、みんなの顔は無表情。
歌う俺を見ることもなければ、ギターを見ているわけでもない。
ーーこんなにも、盛り上がれないものなのか?
最強最高のバンドを目指す俺にとっては、初めてのライブ。
いきなりオーディエンスを沸かすことはないにしても、一人くらいは俺たちのバンドを気にいると思っていた。
しかし、実際はそんなこともない始末だ。
あれだけ高村に自信満々で言っていたのに、まったくそれに応えていない。
ーーいや、まだこれからだ。まだライブは終わっていない。
なにかしら可能性が残っていることを信じて、俺はギターを弾き続ける。
「あ、あれ? コードってどっちだっけ……マイナーコード? いや、普通の?」
ギターを弾きながら歌っている俺の横で、シゲがそう口にしながら慌てている。
曲の弾き始めの頃とは違い、あきらかにテンパっているのが音でわかってしまう。
シゲの音につられたのか、小野寺が叩くドラムが次第におかしくなっていった。
ーー小野寺ぁぁ! 太鼓の鉄人みたいに乱れてきてるぞ!
ドラムのリズムが一定でなくなっていき、妙な打音が目立ってくる。
シゲのギターから始まり、小野寺のドラムまでもめちゃくちゃになるのが聴いてわかる。
段々と、俺は演奏にイラつき出す。
なんとか音に釣られないようにするも、楽器の音と俺のボーカルが見事に外れていった。
観客がさらに引いていく。
盛り上がる歓声もなければ、俺たちを見る視線も感じられない。
ーーまずい、なんとか立て直さないと。
このままではグダグダな演奏をやって終わってしまう。
せめて、俺と成瀬のベースでリズムを取り戻さなくてはならない。
「いえええ! 俺のベースを見てるー? フォォォー!」
ーーボーン、ボボボ! ボッべベン!
成瀬はかっこつけながら、オーバーリアクションでベースを弾いている。
あれほど暴走するなと言っていたのに、場の雰囲気に酔いしれて自分勝手にやりだす始末。
もはや、俺たちの弾く音すら聴いていないようだった。
ーードスンッ!
派手に動き回る成瀬が、俺にぶつかる。
勢いよく押された俺はマイクスタンドの位置から離れてしまった。
「このクソ野郎……いい加減にしろ!」
俺はやり返すように、成瀬に思いっきり肩から押す。
「痛え! なにすんだよ、てめらの下手な演奏をどうにかしてやってんだろ」
「ふざけんじゃねえ! てめえこそ真面目にベースが弾けねえのか!」
演奏がストップして、俺と成瀬の怒号がマイクから流れる。
「あわわわ、晴君……成瀬君もまだ曲の途中だよ」
シゲの声が聞こえるが、俺はもうそれどころじゃない。
グダグダにイラついていた後に、成瀬の暴走。俺の怒りは頂点に達していた。
「てめえのせいでロッケンローラースターズのデビューが台無しだろうが!」
「はっ! んなダセェ名前のバンドで、やる気が起きるわけねーだろ」
ーードンドン! ドンッドド!
俺たちのライブは、もはや終わったに等しい。
演奏は完全に止まり、ステージでは言い争う声が響き渡る。
その中で、小野寺の叩くドラムだけが鳴るだけだった。




